宮下奈都『田舎の紳士服店のモデルの妻』

6月17日(金)晴れ、暑い。

 6月16日、宮下奈都『田舎の紳士服店のモデルの妻』(文春文庫)を読み終える。

  専業主婦の梨々子は、夫の達郎がうつ病になり、田舎へ「帰ろうと思ってる」(13ページ)と言い出したことで、不本意ながら、「北陸の一番目立たない県の県庁所在地」(21ページ)に引っ越すことになった。生まれも育ちも八王子の彼女は、都心の会社で上司から「田舎つながり」の同僚を紹介されて、彼が社内で有望視されている存在であるために、「ほとんど体当たりで何とか捕獲した」(21ページ)。その夫が、うつ病で退社して、自分の親が経営する小さな会社を手伝うことにしたのである。

 幼稚園でのママ友の1人である筒石さんから彼女は餞別として10年連用日記を渡される。梨々子はその笑顔を見ながら、彼女の自分に対する一種の敵意と、自分の10年後の将来が得体のしれないものであることに気付く。実際に夫の故郷である地方都市に移り住んでみると、当惑することが多い。マンションの隣人は笑顔を見せない。ところがその隣人たちが、達郎を紳士服店のチラシの写真のモデルに推薦し、彼は1年に1度、仕事を務めることになる(だから「モデルの妻」といっても、「専業モデルの妻」というわけではなく、題名の意味は、読んでみなければ本当にはわからないのである)。地元紙にだけ挟まれるチラシの束の中の1枚に載っている写真である。こうして、梨々子の「田舎」での生活が始まる。物語は日記の内容を2年ごとに追う形で展開される。

 宮下さんの小説は「北陸の一番目立たない県の県庁所在地」を舞台にして、東京からそこに移り住む人間の失意とその後に起きる自分自身の発見が描かれることが多い。その一方で、必ず音楽にかかわるエピソードが現れるのもその特徴であり、この作品も例外ではない。宮下さん自身が30代後半まで舞台となった地方都市で3人の子どもの子育てに取り組んだという経験が、子どもの姿や姑や実母との関係はもちろんのこと、学校の担任の先生とのやり取り、地域の人たちとの交流にも生かされているはずである。一方で、作者が語らずに、読者の想像に任せている部分が多いのも相変わらずである。達郎がなぜうつ病になったのかがわからないのはある意味で当然であるが、彼の会社での地位の変化とか、梨々子の義理の兄夫婦の問題とか、描かれないまま何度なく投げ出されている問題は少なくない。夫はうつ病、2人の息子はそれぞれの理由は違うが、学校になじめないで問題を起こすというのは、かなり大変な状況のはずであるが、梨々子は、それらの問題に平静に対処しながら、次第に地域になじんでいく・・・。平静に対処できたのは、それなりの理由があったのであるが、それは読んでのお楽しみということにしておこう。この物語で最も作り話めいた部分と関係があるとだけ言っておこうか。それでも作者は、梨々子の次男の問題をめぐって、「話す言葉が遅れがちだったうえに、読む言葉にもあまり興味を示さないため、教えることをなおざりにしてきた。特別に遅れているわけではない。今はまだその時期ではないだけだと思う。もちろん、それは梨々子に都合のいい解釈であって、あの時専門家に診せていれば、あるいはせめて保健センターの育児相談に連れて行っていれば、といつか後悔する可能性がないとも限らない」(109ページ)と書いている。ここでヒロインの心情よりも、より客観的な作者の目が顔を出していることにも注目すべきであろう。(都合のいい解釈をして、次男の問題に必死に向き合わなかったのは、引っ越した土地への違和感が手伝っていたという推測も成り立つ。)

 「田舎」というが、県庁所在地は、そうではない市町村から出てきた人間からすれば歴とした「都会」である。問題は、その「都会」の範囲が広く、近年「平成の大合併」によってますます広くなっていることである。ということは、同じ「市」の中に「都会」と「田舎」が混在している状況が、かなり一般的になっているということであり、梨々子の地元である八王子市でも同じことがいえるのではないかと思ってしまう。

 宮下さんが高校までを過ごした(のちに子育てをした)北陸地方の県というのが、私が最初に就職した職場のある県であり、梨々子は30歳近くで地方に移り住み、私も同じように30歳前後で就職したので、彼女が感じた違和感はわからないでもない。とはいえ、私の職場は、県庁所在地ではないところにあったのだから、梨々子の様々な不安や不満はかなり贅沢なものだと思ってしまうところがある。まあ、私の場合、「田舎」の学校に就職することは当然だと思っていたので、職場の所在地や職場に対する不満というよりも、自分がよりによって教養部時代に不合格だった科目の教師として就職させられたーー自分が全く正当に評価されていないことへの不満が、大きかったというのが真相ではあったのだが…。そういうわけで、就職してはじめのうちは、京都や大阪に足を延ばしていたのが、そのうち、県庁所在地に出かけるだけで、ちょっと満たされた気持ちになっていたことを覚えている。地方に住む人間にとって県庁所在地はやはりそれなりの夢の場所なのである。

 梨々子とは違って、自発的に10年連用日記を買って、ずっと書き続けようと思ったことがあり、その日記帳は今でも手元にあるが、ほとんど何も記入されていない。自分の経験を踏まえても、2年、3年というのは日記を書きやすく、将来の計画も立てやすいのだが、10年というのは戸惑ってしまうところがある。自分がその10年を7たび重ねてきたのかと思うと、たどってきた人生の乱雑さに改めて恥じ入るだけである。この小説では10年たって、梨々子がどのように生きているかだけでなく、日記を渡した筒石さんのその後も語られる。それがどんなものかは読んでのお楽しみである。
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