下川裕治『ディープすぎるユーラシア縦断鉄道旅行』

6月15日(水)曇り

 下川裕治『ディープすぎるユーラシア縦断鉄道旅行』(中経の文庫)を読み終える。「中経の文庫」の1冊であるが、KADOKAWAから出版されているというところが不思議である。奥付によると発行日は6月17日であるが、書店で12日ごろに見かけて、14日に購入した。400ページ近い本であるが、買ったのが14日の19時過ぎで、読み終えたのが15日の21時前という、かなり速いペースで読み通した。それだけ読み応えのある内容が詰まっている。

 アジアを中心に格安旅行を展開し、その記録を発表してきた下川さんと、その相棒であるカメラマンの中田浩資さんが、ユーラシア大陸最南端の鉄道駅であるシンガポールのウッドランド駅から鉄道路線を乗り継いで、大陸最北端のムルマンスク駅を目指す。この経路の大部分が、昔、中国でとれたお茶を陸路ロシアまで運んだ最後のシルクロードともいわれる茶葉の道と重なる。ということで、バンコクからお茶の研究家である須賀努さんが加わって3人旅となる。

 第1章 最南端駅からアジアの風に吹かれて北上1920キロ
      ――シンガポールからバンコクへ
 第2章 ようやく開いた土煙の国境道340キロ
      ――バンコクからダウェイへ
 第3章 激しい揺れとダニにやられるミャンマー列車1680キロ
      ――ダウェイからムセへ
 第4章 茶葉を追いつつ中国縦断5108キロ
      ――瑞麗から北京へ
 第5章 マイナス20度の草原を北上、1735キロ
      ――北京からスフバートルへ
 第6章 寝ても覚めてもタイガのシベリア。
      最北端駅へ7953キロ
      ――キャフタからムルマンスクへ
という6章からなり(須賀さんが書いた「万里茶路を行く」という「附章」が付け加えられている)、ここで示されている距離数を合計すると18736キロということになり、もう少しで地球を半周しようかという距離である。残念ながら、鉄道を利用できなかったり、鉄道そのものが開通していなかった部分がある。また、ミャンマーから中国へと国境を超えることが許されず、ミャンマーからいったん帰国して、中国に入国し、ミャンマーに一番近いところから旅行を続けるというような苦肉の策もとられている。

 全体としてみると、これまであまり日本の旅行者が足を踏み入れなかったミャンマーにおける鉄道旅行の顛末である第3章が一番読み応えがある。章題にあるように下川さん一行はダニにやられ、ミャンマーの鉄道の縦横の「揺れ」に苦しめられ、散々な目に合うのだが、それだけ生々しい迫力が感じられる箇所である。それに比べると、シベリア鉄道の旅が大部分を占める第6章では好奇心の働かせようがないくらいに疲れ切っているのが対照的である(宮脇俊三が『シベリア鉄道9400キロ』で見せている好奇心とは大変な違いである。そういえば、『シベリア鉄道9400キロ』は角川文庫に入っていたはずである)。できるだけ金をかけずに旅行しようという意図が相変わらず旅行の全体を貫いているのだが、それが旅行者と、それに対応する人々の様々な人間模様を描きだすことになっている。大学で歴史を勉強し、『中央公論』の編集者であった宮脇の旅に対する取り組みの端正さに比べると、こちらは雑然としているが、それでも植民地支配や、中ソの関係の変化など、歴史の動きが旅行の経験を分析する際にきちんと視野に入れられているのは大したものである。

 そうした目は、マレーシアのブミプトラ政策をめぐって「マレーシアはマレー人、華人、インド系住民などで構成される多民族国家である。それは、運送業の世界では、見事に色分けされていた。マレー鉄道はマレー人、長距離バス会社を経営するのは華人、LCCのエアアジアはインド系だった」(30ページ)というような箇所に現れている。人々は国内移動に際して、長距離バスやLCCを選び、鉄道を利用しないが、赤字経営の鉄道はマレー人系であるために政府からの援助を受けることができる。あるいはミャンマーの中国との国境近くに住んでいた、清朝時代のイスラム教徒弾圧を避けて逃げてきた回族の末裔であるパンディーと呼ばれる曲少数民族が交易と文化交流に果たした役割への関心なども注目すべき個所である。

 主題の1つであるお茶をめぐる見聞もいろいろあり、中国の長沙の茶市場での経験や、赤壁でロシア人が作っていた茶の工場の跡を探るくだりも興味深い。そして帝政時代のロシアの貴族たちが中国から輸入された高価で高級な紅茶をサンクトペテルブルクで味わおうという下川さんの目論見は成功するのであろうか?――というのも物語を支える興味の一つである。
 本文の末尾にムルマンスクのホテルの一室で「ビールを飲みながらオーロラを待つ。旅は終わった。オーロラは出なかった」(351ページ)という下川さんの写真が掲載されているが、そのビールのラベルに”Степан Разин(スチェパン・ラージン)”(17世紀の後半に帝政に対する反乱を起こしたコサックの頭領)と記されていて、そこにはオーロラとはまた別のロマンの気配が漂っているのが見て取れるのである。
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