松前健『日本の神々』(2)

6月14日(火)晴れ後曇り

 4月26日のブログでこの書物の第1章「イザナギ・イザナミ神話の形成」の最初の部分について取り上げ、この2柱の神がもともと地方神であったのが、ある時期における政治的配慮によって日本全体の国土を生み出した神ということになったという著者の説を紹介した。その際に述べたように、この書物は40年以上むかしにまとめられたものであって、その議論の中にはその後の考古学・歴史学研究の発展によって修正されるべき個所も存在するが、最近、出版された松本直樹『神話で読み解く古代日本―古事記・日本書紀・風土記』(ちくま新書)では、この松前の議論をさらに一般化・理論化した議論が展開されていることに見られるように、この部分での松前の主張は多くの支持を見出しているようである。

 イザナギ・イザナミが地方神であった根拠として、松前は『延喜式』神名帳によれば、この二尊を祀る神社が、淡路島にある伊佐奈伎神社を本社として、近畿とその周辺のみに散在していることを挙げる。特に『古事記』の真福寺本系の諸本にはイザナギの社「淡海(近江)の多賀」と記され、『延喜式』神名帳には「近江国犬上郡多何(たが)神社二座」(19ページ)とある滋賀県の多賀大社が注目される。イザナギ・イザナミは舟航を得意とする淡路の野島海人や三原海神の手によって周辺の海人の間に広まり、さらに近畿地方の内陸部の近江や大和盆地にまで運ばれたのであろうと松前は推測している。また、この二尊は、古くは宮廷に祀られてはいなかったし〔現在でも宮中八神の中には数えられていない〕、皇祖神の親神とされてはいなかった。
 『三代実録』によると、貞観元年(859)に記紀の神話的系譜が宮廷の序列に適用されたらしく、淡路のイザナギが一品に神階を引き上げられたのをはじめ、他にも神階を引き上げられた神々が記録されている。また阿波の神社の祭神の中にはイザナミが焼死した際に誕生したミヅハノメやハニヤマヒメの名があり、この地方にこれらの神々の神話が分布していたと考えられる。おそらくは田畑の豊穣を祈るために祀られていた女神たちへの崇拝が、淡路から持ち込まれたイザナミの崇拝に取って代わられるとともに、元の女神たちの神話がイザナミと結びつけられることになったのであろうと推測している。

 次に松前は「阿波は農耕が発達していたから、イザナミ女神の社ができたのは了解できるが、農地のない南紀の熊野に、イザナミの神陵があるのはなぜだろうか」(23ページ)と問うて、熊野さらに出雲とイザナミの関係についての考察を展開する。熊野は山地であるとともに、海に面してもおり、熊野海人が淡路の海人たちと接触する中で、イザナミの崇拝を取り入れたのではないかと推測する。一方、『古事記』ではイザナミは出雲と結びつけられて語られているが、他の文献を見る限り、イザナミと出雲の関係は薄い。「この両者の関係は、おそらく後世の政治的潤色によるものであろうと考えられる」(25ページ)とする。
 この件について、「出雲神話の世界が、宮廷神話の体系の中に割り込ませられた時期は、オホナムチの信仰を持ち運んだ出雲人と称する巫覡の徒の全国的な活動が行われた7,8世紀の律令制下であろう」(26ページ)と松前は論じているが、この点については(この書物が執筆されて以後、出雲でなされた考古学的な発見を踏まえて)、異論の余地がありそうである。

 日本の創世神話の特色とされているのは「国生み」である。「『国生み』は単なる創造ではなく、男女神の性交によって女神が娠(はら)み、次々と島々がその胎内から生まれることである」(26ページ)。その際、淡路島が最初の島であるという伝承は、記紀のほとんどすべての伝えにあり、それはこの神話を伝えたのが淡路島の海人であったことを物語る。

 日本の創世譚には、国生みだけでなく、国作りも語られたことは、オホナムチ・スクナヒコナの国作りの話を見てもわかる。『万葉集』に
  おほなむち 少御神(すくなみかみ)の 作らしし いもせの山は 見らくしよしも(巻7)
とある。しかしそれは、「国作り」であって、「国生み」ではない。「国生み」はイザナギ・イザナミ二尊にのみ帰せられる。

 このように女神が島々を生むという神話を伝えている民族は世界にあまり例がない。松前は比較神話学者の知見を援用して「ただ一つ南太平洋のポリネシア人にだけ行なわれている」(28ページ)ことに注目する。そしてポリネシアの各島に伝わる神話の「観想」の中に、日本の古代神話と共通するものがあることを指摘していくのだが、その点についてはまた機会を改めてみていくことにしようと思う。

 三浦佑之『風土記の世界』(岩波新書)の紹介を進めることがなかなかできず、少し間が空いたが、こちらの方を取り上げることにした。現在、神話に関する本を他にも何冊か並行的に読んでいて、内容の整理に手間取っているのだが、現段階でどのようなことが言えるのかについて、できるだけ詳しく検討していくことにしたい。
 
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