civil war

6月11日(土)晴れ、気温が高くなった

 NHKラジオ『攻略!英語リスニング』の時間では、”The American Civil War"(南北戦争)を話題として取り上げた。

In the early 19th century, slavery was part and parcel of American Society. (19世紀初頭、奴隷制度はアメリカ社会の屋台骨だった。) 奴隷たちは主に南部の農場やプランテーションで働いていたが、北部では奴隷制度に反対する運動が高まった。
Southern states began to think that the central government would abolish slavery altogether, so they separated from the North to form the Confederate States of America. (南部諸州は、中央政府が奴隷制度を完全に廃止すると考え、北部から分離して南部連合を組織した。これに加わったのは、サウスカロライナ、ミシシッピ、フロリダ、アラバマ、ジョージア、ルイジアナ、テキサス、ヴァージニア、アーカンソー、ノースカロライナ、テネシーであった。1861年に北部の側が、南部にあったいくつかの砦を南部連合に引き渡すことを拒否したために戦争が起こり、4年間続いて、1865年にようやく終息、北部が勝利したことえ、憲法が修正され、奴隷は解放されて「法の下に等しい保護」を受けることになり、黒人の参政権が認められた。

 講師の柴原智幸さんが話していたが、奴隷制度を認めていても、北部の側に加わった州もあり、それぞれの州の内部で状況は複雑であった。とくに北部にとどまったメリーランド州と南部に加わったヴァージニア州では州内での対立が激しくなり、ヴァージニア州からウェストヴァージア州(北部)が分離独立することになった。アメリカの首都ワシントンはメリーランド州から割譲された場所にあるので、メリーランド州が北部にとどまったことは北部にとって歓迎すべきことであった。一方、ヴァージニア州出身のロバート・E・リー将軍は個人的には奴隷制度に反対であったが、郷土愛から南軍の司令官となる。柴原さんがテキストに書いているところでは:「北軍の兵士の数は南軍のほぼ倍、しかも工業生産や兵器の生産では北部が圧倒的に有利でした。どう考えても南部の惨敗となりそうなのですが、戦争開始から2年ほどは、北軍の苦戦が続きます。どうやら、軍の指揮官に関しては南軍に有能な人物がそろっていたせいだったようです。」ということである。

 私が昔、リヴァプールに滞在していたときに、大学の中で与えられた部屋というのが、南部連合の領事館だった建物の3階の多分、召使部屋だったのだろうけれども、天井が屋根の傾斜を反映して斜めになっている部屋であった。英国では19世紀どころか、もっと古い建造物が今でも使用されている例が数なくないが、南北戦争という歴史の本と、『風と共に去りぬ』のような映画でしか知らない出来事と、自分自身の経験とがかすかながら交錯した貴重な経験であった。

 さて、手元にあるLongman Active Study Dictionaryでは"civil war"はa war between groups of people from the same country (同国内の人々の集団間の戦争)とそっけなく説明されているが、『リーダーズ英和中辞典』には「内乱、内戦; AMERICAN [ENGLISH、SPANISH] Civil War」とあり、(内戦とか内乱というのは歴史上いくらでもあるはずだが)アメリカの南北戦争だけでなく、イングランドとスペインの内戦も歴史上の大きな出来事と考えられていることが分かる。

 ”The English Civil War” は1642年から1649年までクロムウェルの率いる議会軍とチャールズ1世が率いる国王軍が戦った戦争で、Englishというけれども、ウェールズ、スコットランド、アイルランドをまきこんだ戦闘が展開され、議会軍の勝利、チャールズ1世の処刑をもって終結する。1911年版のEncyclopedia Britanicaでは”Great Rebellion" (大いなる謀叛)と記されている一方で、クリストファー・ヒルのようなマルクス主義系の歴史家は”English Revolution"という言い方をしてきた。”Great Rebellion"というと、コナン・ドイルのThe Hound of the Baskervilles (バスカーヴィル家の犬)の中の、モーティモア医師がホームズのところに持ち込んだバスカーヴィル家に伝わる「犬」の伝説の起こりとなる事件を記した文書の中で、その時代について
in the time of the Great Rebellion (大いなる謀叛の時代に)
と書かれているのを思い出す。

 ”The Spanish Civil War"(スペイン語ではLa Guerra Civil Española)は1936年から1939年にかけて、スペインの人民戦線政府とフランコ将軍の反乱軍が戦った戦争で、ナチス・ドイツとファシスト・イタリアの支援するフランコ派が、コミンテルンの支援を受けた人民戦線政府に勝利して終結した。第二次世界大戦に際して、フランコはドイツ、イタリアの枢軸国に加わらず、中立を守った。なかなかしたたかである。人民戦線側には国際的に支援が寄せられ、作家のアーネスト・ヘミングウェー、ジョン・ドス・パソス、ジョージ・オーウェル、アンドレ・マルロー、写真家のロバート・キャパらが義勇軍に参加した。ヘミングウェーの『誰がために鐘はなる』や、オーウェルの『カタロニア賛歌』がこの時の経験をもとに書かれていることをご存知の方は少なくないはずである。

 このほか、ローマ共和制末期にユリウス・カエサルとグナエウス・ポンペイウスが戦ったBellum Civile Alterum (紀元前49-45)も歴史上注目すべき内乱であり、カエサルはこれについてCommentarii de Bello Civili (内乱記)という記録を残している。

 内乱に際しては地域や家族の中でも対立が生じる、あるいはもともとあった対立が露になる例が少なからずあり、その評価も歴史家が、出来事にどのようにかかわったかを反映して大きく分かれるのが常である。この点は歴史書を読む際に常に心掛けておくべきことの1つである。
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