遠藤慶太『六国史 日本書紀に始まる古代の「正史」』(13)

6月8日(水)晴れ

 《六国史》とは奈良時代から平安時代にかけて国家の事業としてまとめられた6部の歴史書:
『日本書紀』、『続日本紀』、『日本後紀』、『続日本後紀』、『日本文徳天皇実録』、『日本三代実録』
の総称である。そこでは天地のはじまりから、仁和3年(887)8月26日までの、つまり神代の昔から平安中期までの日本の社会の動きが中央の政治を中心にまとめられている。
 延喜元年(901)に『日本三代実録』が完成した後も、これに続く歴史書を編纂しようとする動きがなかったわけではないが、試みられても未完成に終わったり、提案だけで終わったりした。これは、平安時代の中期になると、貴族たちの多くが日記を記すようになり、政治の実務を行う上で先例を探すためには、歴史書に頼らなくても、しかるべき日記を読めばよくなったからである。

 ということで、本日、倉本一宏『藤原道長「御堂関白記」を読む』(講談社選書メチエ)を買ってきた。この本の中で倉本さんは「都合の悪いこと、関心のないことは、道長はいつも書かないのである」(倉本、42ページ)と指摘されているが、これは道長の性格もあるだろうが、貴族たちの地位や職掌が次第に能力ではなく家柄によって決まるようになってきたので、自分の子どもたちに書き残すべきことが限定されてきたこととも関係するだろう。遠藤さんも、このような傾向が強くなる中で、「朝廷の政務全体ではなく、焦点を絞った情報」(169ページ)が求められるようになるという。逆に、いろいろな家(あるいは寺社)に伝わる日記を参考資料として私撰国史が著述されることもあった。

 このように記した後で、遠藤さんはかなり気になる問題提起をしている。つまり、「平安中期以降に登場した仮名による文学作品こそが国史を継ぐものだ」(176ページ)という見解、特に『源氏物語』は《六国史》を継承する歴史書として読まれるべきであるという「中世」に盛んになった議論を取り上げているのである。そしてそこから、大江氏と「歴史物語」の1つである『栄花物語』との関係について議論を広げていく。『栄花物語』の作者とされる赤染衛門は大江匡衡の妻であり、匡衡の祖父維時は《六国史》の後を継ぐ歴史書として企画された『新国史』の編纂者の1人であり、編纂事業のために集められた史料が利用された可能性がある一方で、『源氏物語』や『紫式部日記』も参照されているという。

 それから紫式部が『源氏物語』をお側のものに読ませて、お聴きになっていた一条天皇によって「この人は日本紀をこそ読みたまへけれ」(180ページ)と評されたという『紫式部日記』の中の記述が言及される。紫式部はその一方で、『源氏物語』の「蛍」の巻で「日本紀などはほんの一面にすぎないのだ」(183ページ)と、文学の歴史記述に優越する性格を説いていることも指摘する。そして、
「…平安期に登場した『栄花物語』や『大鏡』などの仮名による歴史書は、南北朝期に成立した『増鏡』がいったように、「仮名の日本紀」である。漢文の編年体であった六国史からは段階を越え、日本の独自性が発揮された最初の史書とする見方も成り立つ」(183ページ)と書きながら、しかしこれらの仮名の日本紀の成立も、《六国史》の遺産を継承し、その努力を継続させようとするものであったことを否定すべきではないと結ぶ。(『増鏡』の本文にあたってみたところ、「かの雲林院の菩提講に参りあへりし翁の言の葉をこそ、仮名の日本紀にはすめれ」(岩波文庫版、10ページ)とあり、『増鏡』の中で「仮名の日本紀」と評されているのは『大鏡』だけであるが、『増鏡』を含めて歴史物語全般を「仮名の日本紀」と呼んでも、別段の差支えはないだろう。) 『源氏物語』を歴史書として読むのは、無理だと思うが、このような物語文学の出現が、歴史観や歴史記述に大きな影響を与えたという議論は重要ではなかろうか。

 ここでは、《六国史》、貴族の日記と私撰国史、物語、仮名の日本紀(=歴史物語)における歴史観や歴史記述の問題が、ごく大まかに論じられているが、『紫式部日記』への言及はあるものの、貴族の男性が自分の仕事のために書いた日記と、女性たちが自分たちの観の上や心の動きを記した日記の違い、それから(『扶桑略記』に代表される)仏教的な歴史書の存在について議論が及んでおらず、どうも議論が粗雑である。『大鏡』と『今鏡』が《六国史》の編年体を乗り越えて、紀伝体で記述されたことについても(ただし史料の選択には問題があるかもしれない)、議論を展開してほしかった。「歴史とは何か」「歴史記述はどうあるべきか」を目って、重要な問題が提起されていると思われるので、この点に焦点を当てた新しい著作がまとめられることが期待される。
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