ヴァン・ルーン『人間の歴史の物語』(2)

4月9日(火)曇り後晴れ

 Van Loon, The History of Mankindをメソポタミアの章まで読み進む。今回はエジプトについて触れた部分について取り上げてみる。

 この書物は欧米人の見地から書かれているので、エジプトとメソポタミアの古代文明については触れているが、インダス文明や黄河文明については触れていない。この書物のかなり後になって、釈迦と孔子が登場するが、インドと中国の文化的な伝統をこの2人だけに帰するのは乱暴ではないかと思う。

 エジプトについては「聖刻文字」(Hierographycs)、「ナイルの谷」(The Nile Valley)、「エジプトの物語」(The Story of Egypt)の3つの章があてられている。

 「聖刻文字」ではまずヨーロッパに住む人々がエジプト人とどのような関係にあるかについて説明する。「エジプト人たちは我々に多くのことを教えてくれた。」(Egyptians have taught us many things. として、農業、灌漑技術、キリスト教の教会の原型はエジプトの神殿であること、現在の暦がエジプトの暦にわずかな修正を加えただけのものであることを述べ、これらにもまして重要な彼らの遺産が文字の発明であること、文字を通じて我々が自分たちの経験を後継世代に伝えることが可能になったと論じている。(文字以前の口承による文化の伝達の意義が軽視されている。)そしてシャンポリオンによる聖刻文字の解読と、聖刻文字の仕組みについての説明がされている。この説明については省略するが、聖刻文字の複雑な体系は漢字を使いなれている我々にはもっと別の説明がされてよいし、実際にもっと分かりやすく解説している書物が少なくないと思った。

 「ナイルの谷」ではエジプト文明がナイル川の洪水とその結果として堆積された豊かな土壌の生み出した高い農業生産の所産であることが説明される。その結果としてエジプト人は余暇を得て、それまでの人間たちが問うことのなかった人間についてのさまざまな問題を問うようになり、死後の世界についての様々な問題に解答が与えられ、それがミイラやピラミッドの製作へと導いた経緯が説明されている。

 「エジプトの物語」では古王国、ヒクソス人の支配、アッシリア人の支配、独立の回復、ペルシアの支配、アレクサンドロスによる支配、プトレマイオス朝とローマ人による支配までの過程が語られている。ヘブライ人たちがヒクソス人たちの支配のもとでそれに協力したという記述は、今日ではあまり支持されておらず、ヒクソス人については(ヘブライ人たちの「出エジプト」についても)まだまだ謎が多く残されているようである。また今日アッシュールバニパルと呼ばれているアッシリアの王をサルダナパルスと表記しているのは、この本が歴史といいながらまだまだ古い伝説を引きずっているのを示す例と言えそうである。

 ルーンは自分自身の経験と読者の経験を重ねながら著述を進めて行くのが得意で、エジプト人の生活や考え方についてこの手法を交えて欧米人が理解しやすいように書き進められているが、あまり成功しているように思われない。これは、両者の距離が離れすぎているからであろう。このことはメソポタミアについても言えそうである。実際、私が大英博物館に出かけた際に、これらの文明の遺物の展示されている部屋からギリシアの部屋に入って何かほっとした気分になったことを思い出す。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR