ダンテ・アリギエリ『神曲 煉獄篇』(29‐3)

6月6日(月)曇り

 煉獄山の7つの環道を歩きぬいて、その頂上にある地上楽園に達したダンテは、ここまで彼を導いてきたウェルギリウスから自分の意思で行動するようにと言われ、ウェルギリウス、そして煉獄での道中の途中から合流したスタティウスに先立って、楽園の森のなかを歩む。楽園の中を流れる川の向う岸に、彼は美しい貴婦人を見つける。彼女は、ここがむかしアダムとエヴァが暮らした楽園であり、その記憶を古典古代の詩人たちは黄金時代として歌い上げたのだと説明する。そしてさらに、彼らの方角へとやってくる行列に目を向けるように促す。
 精霊からの7つの贈り物を示す7つの燭台が、神を賛美するホサナの声とともに現れ、それに続いて白い百合の花冠を被った24人の長老たちの行列が現われた。白い百合はキリスト降臨を信じた信仰を示すものであり、彼らは旧約聖書を表すという(「24人の長老」が新約聖書の黙示録4-4によることは、435ページの傍注21に示されるとおりであるが、その数が旧約聖書全24巻に対応しているというのはおかしい。新共同訳で調べてみたところ旧約聖書を構成するのは39編である)。
 彼らに続いて今度は4頭の霊獣がやってきた。「それぞれが緑の葉の冠を被っていた。」(323ページ)とダンテは歌う。緑は、希望を現し、4頭の霊獣は新約聖書の4福音書を象徴する存在である。

彼ら四頭の中央の空間が収めていたのは
一台の、二輪を備えた凱旋の戦車であり、
一頭のグリフォンの首に引かれていた。
(436ページ) 「戦車」は勝利する(あるいは戦う)教会の象徴であり、その二輪については、新約と旧約、フランシスコ会とドメニコ会の二大修道会、聖職者と信者など様々に解釈されているようである。そしてグリフォンは神性を表す鷲の頭と翼、人性を表す獅子の胴と手足をもつ空想上の動物で、キリストを象徴する。翼と空とで三位一体を象徴する大三角形を作っている。ダンテはこれほど壮麗な戦車を見たことはなかったし、人類の歴史上もなかったであろうと歌う。(ここでいう「戦車」は古代の戦士たちを乗せた馬車であり、現代のタンクとは似ても似つかぬものであることは御承知であろう。)

 戦車の右手には3人の貴婦人が輪になって踊りながら進んでいた。3人の貴婦人は3つの対神徳を現し、右側のほうが優越する側である。真っ赤な貴婦人は慈愛(カリタス)、緑色の貴婦人は希望、白い貴婦人は信仰を示す存在であった。
左の車輪の側では四人の貴婦人たちが、
緋色の衣を身にまとい、顔に三つの目を持つ一人の
後ろに従って祝福の舞を踊っていた。
(438ページ) 余人の貴婦人たちは人間の倫理に対応する4つの枢要徳である賢明、剛毅、中庸、正義を表し、赤系の緋色の服を着ているのは、枢要徳が神徳、特に慈愛に従属することを示すものである。

 その後から2人の老人が威厳ある重々しい態度でやってきた。1人は医師のように見え、医師であったと伝えられるルカが書いたと伝えられる「使徒言行録」のアレゴリーであり、もう1人の剣を持ち、その姿を見たダンテに恐怖を与えたが、その剣は「霊の剣」、パウロの手になるとされる「エフェソの信徒への手紙」(6-17)に記された「霊の剣、すなわち神の言葉」に対応し、老人は新約聖書の中の書簡を擬人化した存在である。この2人に続いて「控えめな外見をした」(439ページ)4人の老人が歩んできた。彼らは新約の中でその重要性において劣ると当時考えられていたペテロ、ヨハネ、ヤコブ、ユダの書簡を擬人化したアレゴリーである。
 余計なことを書いておくと、エフェソは世界の七不思議に数えられていたアルテミス(ディアーナ)の神殿があることで知られる小アジア(現在ではトルコ)の古代都市で現在では遺跡だけが残っているそうである。12使徒の1人であるヨハネはパトモス島での流刑が終わった後に、この市で司教を務め、その合間に「ヨハネによる福音書」を書いたと伝えられるが、現在の聖書研究家たちからはその信憑性は否定されているそうである。また、聖母マリアも使徒ヨハネとともにエフェソで余生を送ったと伝えられている。ユダというのは、イエスを裏切ったイスカリオテのユダではなくて、使徒である別のユダであるが、この名前は「ルカによる福音書」(6-16)にしか出てこない(「マタイ」と「マルコ」ではタダイという人物が12人の中に数えられている)。
 さらにその後から
・・・老人がたった一人、
眠りながら、けれども鋭い顔つきをしてくるのを私は見た。
(439ページ) 老人は眠りながら預言を夢見ている。「ヨハネの黙示録」を擬人化したアレゴリーである。
 彼ら7人は「薔薇やそれ以外の鮮紅色の花々を飾りにしていた。」(440ページ) 新薬の人々が被る赤い花の冠は神への<愛>を象徴するものである。またまた余計なことを書くが、カトリック教会の枢機卿は真紅の衣をまとい、同じく帽子をかぶる。

 戦車がダンテの目の前に来たときに、雷鳴がとどろき、行列は静止した。ダンテの前で何事かが起きようとしているというところで、第29歌は終わる。

 このあたりでは、いろいろな色彩がどのような意味を表しているかが興味深かった。その頃に比べて現在のわれわれは多くの色彩を知り、また区別しているはずで、同じ名称で呼ばれていても、実際は違うということもありそうである。とはいえ、現在でもさまざまな色がさまざまな意味を象徴している多くの例があり、文化や時代を通じて、共通するもの、しないものを考えていくと面白いかもしれない。 
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