『太平記』(108)

6月4日(土)曇り、風が強かった。

 鎌倉幕府が滅び、政治が朝廷の手に一本化されることになったが、新しい政治も前途多難であることを思わせるようないくつかの出来事が起きた。建武元年(1334年)8月、隠岐広有に命じて内裏に飛来する怪鳥を射させることがあり、また天下の妖気を消すべく弘法大師空海が雨乞いの修法をして以来、祈雨の修法の道場となっていた神泉苑が再興された。この神泉苑をめぐっては東寺の弘法大師と、西寺の守敏との間にそれぞれの祈祷の効力をめぐる競争があった。すなわち、空海が唐にわたっていたとき、天皇の護持僧として守敏がさまざまな不思議な力を現したが、帰国した空海が自分の方が力が上であるといい切った。

 そこで、天皇は弘法大師を別室に隠されたうえで、守敏をお召しになって、薬を飲むための水が冷たいので、温めてほしいとおっしゃった。守敏は火の印を結んで法を行ったが、水は冷たいままである。天皇は不思議なこともあるものだとおっしゃって、左右のものに目配せをされた。今度は典侍(宮中の女官の二等官)が熱湯をもってきた。天皇はこれは熱すぎるとおっしゃった。守敏は先の失敗にも懲りずにまた水の印を結んで法を行ったが、湯は冷たくなるどころか、沸き立つ一方である。守敏が失敗に色を失っているところに、弘法大師が姿を現し、「いかに守敏、空海これにありとは存知せられ候はざりけるか。星の光は朝の日に消え、蛍の火は暁の月に隠さるるぞ」(第2分冊、268ページ)と笑った。面目を失った守敏は、心中に大きな恨みを抱きながら退出した。

 守敏は天皇を恨み、骨の髄まで憤って、天下に大干ばつを起こして、国中の人々を飢餓に追いやろうと全世界の龍神たちを小さな水がめの中に閉じ込めてしまった。このため陰暦3月から5月にかけて雨が降らず、農民は耕作ができず、これというのも天皇の不徳のためであるという声が高まった。(東アジアでは、天災地変は君主の不徳が原因であるという考え方が古くからあった。)

 そこで天皇は天災が人々に害を及ぼすことを心配されて、弘法大師に雨乞いの法を行うように依頼された。大師は勅命を承って、まず7日間にわたり黙想して、三千世界の様子を窺い、世界中の龍神たちが守敏の方によって水がめの中に閉じ込められていることを見抜いた。ところが娑竭羅(しゃから)龍王の娘である龍女だけは守敏より高位の菩薩(仏に次ぐ聖者)であったので、守敏の法に従わず、天竺の大雪山(ヒマラヤ)の北にある龍王が住むといわれる無熱池=阿耨達池(あのくだっち)の中にいた。大師は瞑想をやめて、この次第を天皇に申し上げると、天皇は急いで内裏の前に池を掘らせ、清らかな水をたたえたその池に善女龍王が来られるように要請された。すると善女龍王は小さな蛇に姿を変えて、この池に到来、その結果として国中に雨が降り注いだ。

 守敏はこれにいよいよ腹を立てて、こうなったら弘法大師を調伏=祈祷により降参させてやろうと、西寺に引きこもって参加ックの壇を構えて、本尊を北向きに立てて、軍陀利夜叉の法を行った。これを聞いた弘法大師は東寺に壇を構え、大威徳明王の法を行う。両者ともに功徳・修行を積んだ尊い僧なので、軍陀利明王と大威徳明王の射る鏑矢が空中でぶつかって落ちて、その音が鳴りやまない。弘法大師は守敏に油断をさせようと、自分が死んだという噂を流させたので、人々は悲しみ、それを聞いた守敏が油断をした隙に、弘法大師の法が功を奏して、守敏は死んでしまった。

 このような経緯があって、東寺は繁栄し、西寺は滅亡してしまった。その後、大師は、茅(ちがや)という草を結んで、空に投げると、それが大きな龍になって天竺の無熱池に飛び帰っていった。善女龍王はそのまま神泉苑の池の中に留まって、今に至るまで時節に従って雨風の恵みをもたらし、祈りの真心に答えてくれるのはありがたいことであると『太平記』の作者は記す。

 どうも、本筋と関係のない脱線になってしまった(作者が悪いのである)。空海と守敏の法比べの話は『古事談』にもみられる由であるが、後世の作り話である。『太平記』は天皇の名を記さないが淳和天皇の時代のこととされているそうである。神泉苑は新たに掘られたわけではなく、もともと京都盆地は大きな湖だったのが、次第に陸地が広がったと考えられ、その湖の跡があちこちに残っていたのを利用して神泉苑が造営されたと考えられている。徳川家康が二条城を築城した際に、神泉苑の大部分が取り込まれたが、残った一部が真言宗の寺院として現存する。善女龍王は法華経の提婆達多品に登場するほか、雨乞いの対象として様々な信仰と伝承の対象となっているそうである。
 二条城には何度か足を運び、外国からのお客さんを連れて出かけたこともあるし、二条城前広場はメーデーの際の集合場所であったことを思い出す。そのくせ、神泉苑に入ったことがない。どうも私の京都についての経験は偏っているので、これからも機会を見て拡充していく必要がありそうだ。
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