田中啓文『鍋奉行犯科帳 猫と忍者と太閤さん』

5月28日(土)曇り時々晴れ

 5月27日、田中啓文『鍋奉行犯科帳 猫と忍者と太閤さん』(集英社文庫)を読み終える。大坂西町奉行という重職にありながら、美食と大食いの方に精力を傾けている…が、その周辺で起きる難事件・珍事件を次々に解決していく大邉久右衛門とその配下の者の活躍を描くシリーズ第7弾である。田中さんには、落語家を主人公にする「笑酔亭梅寿謎解噺」という先行するシリーズがあるが、それを追い抜く勢いで書き進められているのは、こちらの方への読者の後押しが強いからであろうか。

 『猫と忍者と太閤さん』というと落語の三題噺めくが、実際は、太平の世に用がないはずの忍者が登場し、しかも久右衛門の命を狙う、それも奉行所の糠床が目当てなのだが、さる大名家の御家騒動が絡んで奉行所の天井裏で2人の忍者が鉢合わせをする…という「忍び飯」、芸はしっかりしているが猿面ゆえになかなか目を出せない老優に『太閤記』の秀吉の役をやらせて成功するが、この役者の命を狙う一団が登場するという「太閤さんと鍋奉行」、京都のお公家さんの家庭の事情に猫が絡むという「猫をかぶった久右衛門」の3編の中編小説から構成されていて、それぞれの間に筋の関連はない。

 最初の2編は2つの一見関係のない事件がどこかで結びつくという展開、「猫をかぶった」は猫とその世話係の少年の間柄の描き方が興味深い。さらに、シリーズ常連のそれぞれの個性の描き方にまた新たな工夫がみられる。相変わらず大食漢ぶりを発揮する久右衛門であるが、「太閤さん」では食べ過ぎて腹を壊して、用人の佐々木喜内をそろそろ隠居する頃合いかと心配させたり、「猫をかぶった」では迷い込んできた猫にネコ飯を作ってやったりと、これまでにない側面を見せる。奉行の配下で、大坂市中を見回る同心の村越勇太郎、その手下で役木戸を務めながら水茶屋を経営し、戯作者も兼ねるという蛸足の千三、勇太郎の直属の上司で堅物ながら、苦労人ぶりも発揮する与力の岩亀三郎兵衛、勇太郎に思いを寄せる道場主の娘小糸、奉行所お抱えの腕のいい料理人の源治郎、勇太郎の叔父で医者の赤壁傘庵など毎回登場する人物のほかに、「隠し包丁」という忍者の仲間を抜けて料理人になろうという権六、江戸から移り住んで雑喉場(ざこば)仲買人をしながら勇太郎の手下も勤めようという繁太など、新たにレギュラー入りをしそうな顔ぶれも見られる。権六の元「上司」である名張の寸二も今後悪役として再登場の可能性がある。小糸と勇太郎を争ってきた綾音はどうも方向転換をしたらしく、ほとんど登場しないが、千三におしのという恋人?ができたという聞き捨てならない話題もでてくる・・・

 読みながらなぜか、オランダの外交官・東洋学者で駐日大使を務めたこともあるロバート・ファン・ヒューリックのディー判事(狄仁傑)シリーズを思い出していた。一方は実在の人物で、則天武后(武則天)に諫言をしたという硬骨漢、他方は架空の人物で江戸後期の一見役立たず。ディー判事が地方の知事を歴任してそれぞれの土地の怪事件を解決して行く(最後には長安に戻って政府の高官になる)のに対し、久右衛門はさまざまな役職を経て、どうも大坂西町奉行が最後のご奉公らしい。ただ、両者ともグルメで(ディー判事の場合、主人公よりも作者のほうがグルメだったという意見もある)、異能の部下たちを集めているというのが共通点であろうか。もっとも鍋奉行シリーズの場合、久右衛門の個性が強すぎて、部下の能力がかすんでしまっているようにも思われる。鍋奉行シリーズが続く中で、登場人物のどのような取捨選択が進んでいくかも、読み進む際の楽しみの一つである。
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