『太平記』(107)

5月27日(金)雨後曇り

 元弘4年(1334年)7月に建武と改元された。これは前漢を滅ぼして新を建国した王莽を破った、漢の一族である劉秀(光武帝)が紀元25年に後漢を建国した際の年号に倣ったものである。鎌倉幕府が滅びて朝廷に政治が一本化したことにより、権勢を得ておごり高ぶるものもいれば、不満を抱くものもいた。倒幕の論功における不公平な恩賞がそれをさらに増大させた。疫病が流行し、病死するものが多かった。8月、内裏に怪鳥が飛来し、隠岐広有という武士がそれを射落とすという出来事があった。

 兵乱が収まっても、まだ天下を覆っていた邪気は収まらず、それを消すためには真言密教の霊験に勝るものはないとこれまでも雨乞いや、怨霊をなだめるための宗教行事が行われる場として利用されていた神泉苑をあらためて修法の場として改造することになった。

 神泉苑というのは平安京の大内裏が造営された際に、周の太祖文王が鳥獣を養った霊囿(神聖な園)になぞらえて、8町四方の広さに造営された庭園である(もともとこの一帯にあった湖沼を利用して、天皇御遊の庭園としたが、修法の場ともなった。なお『新潮日本古典集成』版の頭注によると、実際は南北4町、東西2町の広さであったそうである)。その後、桓武天皇の時代に朱雀門の東西に2つの寺を立て、内裏から見て左手にある寺を東寺、右手にある寺を西寺と名付けたと『太平記』の作者は書いている(この記述にいくつ間違いがあるか、というのはクイズの問題になりそうで、『太平記』の書かれた時代の歴史的な知識の水準が決して高くなかったことがよく分かる)。
 『太平記』の作者は<朱雀門>と書いているが、これは内裏の正門であって、そこから朱雀大路が南へと延び、その端に羅城門があって、羅城門の東に東寺、西に西寺があったというのが正しい。さらに東寺、西寺というのは通称であって、東寺は教王護国寺というのが正式な寺号である。西寺はこの後なくなってしまったので、手元にある本には寺号が注記されていない。

 「東寺には、高野の弘法大師、胎蔵界の七百余尊を安じて、金輪(こんりん)の宝祚を守り、西寺には、南都の守敏僧都、金剛界の五百余尊を顕して、玉体の長久をぞ祈られける。」(第2分冊、265ページ、東寺には高野山の弘法大師が母胎が子を育むように、万物を包容し慈しむ悟りの境地である胎蔵界を図画化した胎蔵界曼荼羅を置いて、天皇の皇位を守り、西寺には奈良の守敏僧都が智恵の働きで一切の煩悩を打ち砕く悟りの境地である金剛界を図画化した金剛界曼荼羅を安置して、天皇のご長寿を祈ったのである。実際には、西寺の開基は慶俊であったと岩波文庫版の脚注には記されている。

 そうこうしているうちに、延暦23年(804年)に弘法大師が求法(ぐほう)のために中国にわたられた。そのため、留守中は守敏僧都一人が天皇のお近くで朝夕祈祷を行っていた。
 ある時、天皇が手を洗おうとされたが、水の上に氷が張ってあまりにも冷たかったので、しばらく躊躇されていると、守敏がその水に向かって火の印を結んで法を行ったところ、氷がたちまちにして解けて、冷たかった水が湯に変じた。
 天皇は不思議に思われて、今度は守敏が伺候した際に、火鉢の炭を多くして、障子を締め切り、部屋の中を暖めて、春の2月か3月のような様子にした。天皇はうっすらと汗をにじませながら、「この火を消してほしい」とおっしゃると、守敏はまた火に向かって水の印を結んだ。これによって火鉢の中の火はすぐに消えて、灰だけが残り、部屋の中は冬の寒さとなった。
 この後も、守敏は数々の神変を顕したので、天皇が守敏を深く信じ仰ぎ従うことは、大変なものであった。

 このようなことが続いているうちに、弘法大師が帰国されて、すぐに参内した。天皇は中国の事情をいろいろとお尋ねになった後に、大師の留守中に守敏が自分の身を守りながら、いろいろと不思議な霊験を現したことを語られた。大師はこれを聞いて、昔のインドで有名なバラモンがどんな論戦にでも勝っていたのを、実は鬼神に助けられていたのだと馬鳴(めみょう)という仏教詩人が見破ったという話、月支国の王が七宝の塔に礼拝したところ、塔が崩れ、これは自分の運命が傾く前兆かと心配したところ、国王の徳の高さに外道の建てた塔が崩れたものであることが分かったという話を持ち出し、自分の留守中に守敏が顕した奇特は、自分が戻ってしまえば、簡単にはできなくなると彼を見くびる発言をした。

 この後、そこで起こった守敏と弘法大師の間で法力の競争が展開される。物語としては面白いが、2人で協力して国土を平穏に保つために法力を使った方がよかったのではないかという思わないでもない。建武の新政の展開の具体相が語られると思いきや、神泉苑での修法の話から脱線して、弘法大師を主人公とする説話が展開される。これも『太平記』の語り口の特色の1つである。 
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