遠藤慶太『六国史――日本書紀に始まる古代の「正史」』(12)

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 《六国史》とは、奈良時代から平安時代にかけて律令政治のもとで国家の事業として編纂された6冊の史書:『日本書紀』『続日本紀』『日本後紀』『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』を総称して言う。遠藤さんのこの書物は序章で、「六国史とは何か」を概観し、第1章で『日本書紀』、第2章で『続日本紀』『日本後紀』、第3章で『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』について、それぞれの成立にかかわって注目すべき事情や、その内容に見られる特徴を論じてきた。そして、『日本三代実録』以後、このような歴史書が編纂されることなく、歴史書の持っていた役割の一つである政務の手引きが、日記に取って代わられるようになったこと、その背景には、貴族社会の変質⇒それぞれの家柄に応じて、主として担うべき職掌が決められるようになったことが指摘された。

 第4章は「国史を継ぐもの」として、完成した《六国史》がその後の時代にどのように受容され、理解され、利用されていったかを辿る。もっとも、《六国史》以後も歴史書編纂の試みが途絶えたわけではない。
 「延喜元年(901)に完成した『日本三代実録』を最後に、勅撰によって歴史書をまとめることは途絶えた。史書編纂を打ち切る決定がなされたのではない。結果として、『日本三代実録』に続く勅撰史書が完成しなかったのである。」(172ページ)と著者はその後の経緯をまとめる。
 宇多天皇の孫にあたる村上天皇のもとで、撰国史所が設けられ、大江朝綱が別当に任じられた。鎌倉時代にまとめられた『本朝書籍目録(ほんちょうしょじゃくもくろく)』には『新国史』という書物が記載され、大江朝綱、或いは藤原実頼の著述であると記されている。著者はこれが撰国史所の作業の結果残されたものであると考え、おそらくは修史事業の総裁が実頼、編集実務は朝綱が担当していたと推測している。しかしこの記事には異論もあり、そのように議論が分かれているのは結局、この書物が奏上されることなく、未定稿のまま残されたからであるという。しかも、平安後期の学者である大江匡房の『江談抄』には外記を務めた中原師平が『新国史』を焼いたという説話が収められていたようであるが、惜しいことにこの説話は標題だけが伝わるのみであるという。(『江談抄』は所持しているはずなので、探し出して読んでやろうと思っている。)

 遠藤さんは大江氏と修史事業のかかわりについては、かなり詳しく論じているが、総裁であったらしい藤原実頼が『水心記』(あるいは『清慎公記』)と呼ばれる、現在では散逸してしまった日記を書いていたことについては、触れていない。実頼は摂関の地位に登ったが、弟の師輔のように天皇の外戚となることができず、実頼から始まる小野宮家は藤原氏の中では傍流の地位に追いやられていく。その中で、実頼の孫で養子の実資は『小右記』という日記を残し、一族は日記と有職故実についての知識をもって貴族社会の中での地位を保つのである。だから、実頼と小野宮家についても少し触れておいてよかったのではないかという気がする。(左大臣であった道長の『御堂関白記』と、右大臣であった実資の『小右記』という2つの日記が残っていることは、歴史家にとってきわめてありがたいことのはずである。)

 国史にかわって貴族たちが個々の立場で政務の記録を残し、それを子孫の参考として伝えることが一般的になった。しかも、時代が下がってくると、鎌倉時代の藤原宗忠の日記『中右記』のように、官人の死没を記すときに略歴まで書く者が出てくる。これは《六国史》の薨卒(こうしゅつ)伝を思わせるもので、日記が史書に近づいているのである。遠藤さんは書いていないが、この時代の日記は基本的には子孫に残すもので、読み手が内輪の人間であることを想定して、思い切った感想も書けるという特徴がある。

 平安時代に成立し、神代から後一条天皇までの歴史を編年体で記した『日本紀略』は遠藤さんも何度か言及してきた書物であるが、《六国史》以降の分をまとめるために『新国史』や外記日記を利用している。また平安中期から鎌倉期までのことを記した史書『百錬抄』も日記類を利用してまとめられているという。「したがって史書と日記、二つの史料が持っていた機能は限りなく近い」(175ページ)と著者は指摘している。

 こうして一方で、各種の日記が書き留められ(貴族だけでなく、寺社の僧侶や神官、武士たちまでが日記を残すようになる)、他方でそのような日記を利用して、個々の知識人たちが歴史書を書くようになる。これを「私撰国史」などと呼ぶことがある。勅撰の史書が編纂されなくなったのは、修史事業の後退のようにも思われるが、むしろ、自由で多様な歴史書の編纂を可能にしたと考えるべきではないかと思う。遠藤さんはさらに、平安時代になって出現した物語などの文学ジャンルと、史書との関係についての考察を展開しているが、それはまた次回に取り上げることにしたい。
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