三浦佑之『風土記の世界』(3)

5月23日(月)晴れ、気温が上がる

 この書物の第3章「常陸国風土記」には、「もう一つの歴史と伝承の宝庫」という副題がついている。著者は、第1章「歴史書としての風土記」の中で、現在、『風土記』と呼ばれている一連の文書が、律令政府が歴史書を編纂する過程で、必要な地方の史料を集めようとして出した通達である「符」に対する、回答「解(げ)」であったという考えを述べている。そして第2章「現存風土記を概観する」で現在もその全部、あるいは大部分が残っている常陸、出雲、播磨、豊後、肥前の風土記について概観している。そして、一応の全体像を述べたうえで、あらためて「常陸国風土記」を取り上げ、その特徴について詳しく述べていこうということらしい。
 現存風土記の中で、常陸国風土記と出雲国風土記は他の3書に比べて内容的に面白く、研究も進められてきており、そういう状況も反映して、それぞれ単独で講談社学術文庫に入っている。そういえば、私も常陸国風土記と出雲国風土記について書かれた本を読んだことがあるが、その他の風土記についてはそのような経験はない。

 常陸国風土記で特に注目されるのは、中央の歴史書、『日本書紀』にも『古事記』にも登場しない、「倭武天皇」という天皇の伝承が記されていることである。『古事記』には倭建命、『日本書紀』には日本武尊として登場する皇子はいる(三浦さんも指摘するように両書の中でのその描き方はかなり異なっている)が、彼が即位して天皇になったとは記されていない。
 「常陸国風土記に見られる倭武天皇の伝承には、古事記や日本書紀と関連する話は一つもない。本風土記の撰録時には日本書紀は成立しておらず、古事記は、律令国家にとって公式の歴史書としてあったわけではないから、両書と共通しないのは当然である。」(70ページ)

 「そのなかで、あえていえば、…大橘比売という妃の名が古事記や日本書紀のヤマトタケルを連想させる程度である。・・・タチバナという名の妃とともに旅をするというのが倭武天皇の定番といえそうだ。その点で古事記や日本書紀に重なる部分をもつが、常陸国風土記の伝承には、走水(浦賀水道)における遭難と妃オトタチバナヒメの死という古事記や日本書紀の伝承が伝える詩の影はまったく見いだせず、穏やかな旅が語られているという印象しかない。」(同上)

 さらに続けて三浦さんは、ヤマトタケルがいくつかの伝承を組み合わせて造形されたという推測を展開し、そのタチバナヒメとのかかわりについても論じている。「タチバナという植物は、古事記のタヂマモリ伝承(中巻、イクメイリビコ〔垂仁〕天皇条)が伝えているように、常世の国に育つ木である。おそらく、タチバナを名にもつ女性には聖なるおとめのイメージがこめられているのだろう」(71ページ)と、タチバナをめぐる伝承との関連についても触れているのが注目される。

 ヤマトタケルがなぜ東京湾を横断して房総半島から常陸に向かったのかというと、古東海道が三浦半島から東京湾を横断して房総半島に至っていたという歴史的な事実が反映されているのであろうが、現在でもフェリーが欠航することがあるように、東京湾を横断するのは常に安全というわけではなく、そのこともヤマトタケルの伝承には反映されていると考えるべきである。
 そうは言っても、私が住んでいるのが、昔風にいうと武蔵国橘樹郡であり、橘樹神社という神社も何社か存在しているから、ヤマトタケルの一行がなぜこちらの方を通らなかったかというのはやはり疑問である。東急東横線の多摩川駅から田園調布駅にかけてかなり大きな古墳群があり、この地方に有力な豪族がいたことが推測されるが、彼らが中央の政府から危険視されていたとか、東京湾は現在よりも広く、海岸部を歩くのは難しかったとか、古東海道が海路を行く理由はいろいろ考えられるのだが、どうも納得のいく説明とは思われない。

 細かいことにこだわると、常陸国風土記に登場するのはオオタチバナヒメで、走水で入水するのはオトタチバナヒメ、名前を比べてみると常陸国風土記の方は姉、走水の方は妹ということになる。これも考えてみていいことではないかと思う。つまり著者はそこまで突っ込んではいないけれども、まだまだ突っ込み所があるのが常陸国風土記の魅力ということである。

 今回は、書物の紹介・論評に加えて、この書物の内容に関連して、日ごろ疑問に思っていることを書いてみた。常陸国風土記と倭武天皇をめぐる三浦さんの考察はまだまだ続くが、それらについては、次回以降に譲ることにしよう。
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