『太平記』(106)

5月20日(金)曇り

 鎌倉幕府が滅亡し、後醍醐天皇が都に戻られて、世の中はこれまでとは一変した様相を呈した。天皇の配流中に不遇出会った人々はわが世の春を謳歌したが、武士たちの中には再び武家の天下となることを望むものも少なくなかった。8月に論功行賞が行われたが、後宮の内奏による不正が少なくなかった。元弘4(建武元)年正月、大内裏の造営が決定された。兵乱の直後に諸国に税を課し、「昔より今に至るまでわが朝には未だ用ゐざる紙銭を作り」(第2分冊、247ページ)してまで行われる大内裏造営の企てには眉を顰めるものが多かった。
 この年の春、筑紫、河内、伊予などで北条氏の残党が蜂起したが、間もなく鎮圧された。新田義貞はじめ諸国の軍勢が上洛し、恩賞の沙汰が行われたが、赤松円心は佐用の庄を安堵されただけであった。後醍醐天皇の寵臣たちの中でも、千種忠顕と文観の奢りは目に余るものであった。

 元弘4年(1334年)7月(正しくは正月だそうである)に改元があって、年号が建武と改まった。これは前漢の帝位を奪って新を建国した王莽を劉秀が破り、紀元25年に漢を再興した(=後漢)際に建てた年号とおなじであり、中国の佳例を念頭に置いてのことと思われる。

 しかし、この年、疫病が流行して多数の病死者を出した。その秋の末に、内裏の正殿である紫宸殿に毎夜怪鳥が飛んできては鳴く声が「いつまでいつまで」と聞こえた。その声は多くの人々の眠りを覚まし、これを不吉な前兆であると思って恐れる人々が多かったのである。(新潮社の『新潮日本古典集成』版では、怪鳥の声には建武の新政がいつまで続くか怪しいものだという予兆の意味が込められていると注記されている。) 

 そこですぐさま、公卿たちが集まって協議した結果、堀河天皇(在位1086‐1107)の時代に同じような怪異があった時は源義家が3度弓の弦を鳴らしてこれを鎮め、近衛天皇(在位1141‐55)の時代に鵺という鳥が現われたときは、源三位頼政が射おとしたという先例がある、源氏の武士からしかるべきものを選んで退治させようということになる(このように先例を重視するのが、この時代の貴族のやり方である)。

 ところが源氏の武士たちの中で、名乗りを上げる者はいない。失敗して、面目を失うことを恐れたのである。そこで、上北面(しょうほくめん=院の御所を警固する北面の武士たちの中で昇殿を許されたもの)、公家の諸家に仕える武士たちの中でしかるべき者はいないかと探してみると、関白左大臣であった二条道平のもとで召しつかわれている隠岐次郎左衛門尉広有が適任であろうと推薦する者がいた。

 そこで呼び出された広有は清涼殿の中の鈴の間に控えていたが、様子を窺ってみると、この鳥は小さく、あたりは暗い。とはいうものの、目に見えるくらいの大きさの鳥で、矢が届く範囲にいるのならば、なんとかできるだろうと、家来にもたせていた弓矢を取り上げ、鳥の様子を見ると、「鳴く時口より炎を吐くかと覚えて、声の中より電(いなびかり)してぞありける」(第2分冊、262ページ)。関白以下の公卿たち、殿上人、武士たちが見守る中、弓に矢をつがえて声を頼りに矢を射る。見事に怪鳥を射おとし、しかもそれが紫宸殿の屋根に落ちないように工夫して射たということが分かり、後醍醐天皇も感心されて広有を五位に叙され、豊かな荘園を恩賞として与えたのであった。

 登場するのは実在する人物ではあるが、物語に登場する鳥の姿など現実離れしており、これが現実の事件であったかどうかは疑わしい。怪鳥の出現が、建武政権に対する警告であったとすると、誰がその警告を発しているのかを突き止め、その警告の真意を突き止める(さらには、政治のあり方を改める)ことが必要だと思うのだが、ここでは作者も登場人物も、怪鳥を退治することだけを考えて、それ以上のことを考えていない。そのことが、建武新政の前途を暗くしているように思われる。『太平記』の作者が現実にあったとは思えない事件をここに挿入しているのは、政権の前途が明るいものではなかったというその後の展開をよく知っていたからで、これは事後予言として挿入されているようである。
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No title

こんにちは^^

建武の新政ですか…。
この後、後醍醐天皇が京を追われて、吉野で南朝を開くんでしたよね…。そこで天皇に大きな変化が生じる。日本の歴史に大きなゆがみが生じると昔習いました。もっとも歴史は得意でないので、正確には理解できていないのですが^^;
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