宮下奈都『よろこびの歌』

5月17日(火)雨

 宮下奈都『よろこびの歌』(実業之日本社文庫)を読み終える。

 有名なヴァイオリニストの一人娘で、音楽好きの御木元玲は母の方針で特別な音楽教育を受けずにいたが、入学できると思って受験した音大の付属高校の入試に失敗して、音楽科のない、比較的新しい私立の女子高である明泉に入学する。第一志望で入学してくる生徒がほとんどいない学校であるが、そういう入学の経緯を忘れさせるように学校行事が多く組まれ、生徒たちはそのひとつひとつに取り組むことで、何となく自分の学校生活が充実しているような気分になるのである。

 2年生になった秋に、玲はそのような行事の一つである校内合唱コンクールの指揮者に推される。推薦したのは、1年の時に、音楽室でピアノを弾いていたのを見かけた原千夏である。合唱の伴奏者が決まれないので、玲は千夏を推薦する。コンクールに向けての練習が始まるのだが、玲の指導は厳しく、その一方でクラスのメンバーのやる気は乏しく、練習に参加するものはわずかで、コンクールは惨敗に終わる。
 その後に行われたマラソン大会で、もともと走るのが苦手な玲は最後尾を走ることになる。足を引きずりながらたどりついた学校のトラックを回っていると、千夏をはじめとする同級生たちが、コンクールで彼女たちが歌った『麗しのマドンナ』という歌を歌って彼女を励ましていた。その自然に起きた歌声に玲は励まされた。

 父親が脱サラしてうどん屋を始めた千夏は、中学時代に玲の母親である響のヴァイオリンの演奏を聴いて音楽の魅力に取りつかれるようになった。しかし、家庭の経済状態から音楽を勉強するのは無理である。2年生になって玲と同じクラスになった千夏は、なんとか玲と話をしたいと思いはじめる。マラソン大会の後で、千夏は玲から音楽を続けるといいよと言われ、二人は少しずつ接近しはじめる。

 同じクラスの中溝早希は中学時代にソフトボールのエースで4番で、強豪校に進学が決まっていたのが、投げすぎて肩を壊して、高校での競技をあきらめ、明泉に入学する。彼女と仲のよい牧野史香は、他の人の目には見えない人間が見えてしまう霊能者である。自分の意思を生きている人々に伝えたがっている霊たちの存在を絶えず感じている彼女は、できるだけそういう例に出会わないように、あたらしい学校である明泉を選んだ。マラソン大会の時の歌声を聞いていた担任の浅原先生は(音楽の先生であるが)、卒業生を送る会でもう一度『麗しのマドンナ』を合唱してみてはどうかという。その練習の中で、史香は玲を見つめている一人の老人の姿を見る。

 6人の女子高校生の語る、自分自身のこと、2年生の後半になって合唱コンクールに出場したことから起きてきた、クラスと生徒一人一人の変化を描く7つのストーリーで構成されている(最初と、最後の話を玲が語る形になっている)。6人のうち、玲、早希、クラス委員の佐々木ひかりの3人の語り手は、この学校に進学するつもりではなかったのに対して、千夏と史香は望んで進学してきている。もう1人の合唱するクラスのみんなを絵に描こうとしている美術部員の里中佳子は、どうだったのかを語っていない。
 音楽が好きで、努力もしているつもりであったが、自分の才能が母親に及ばない(というよりも方向が違うということだろうが)ことを知って、自分を見失いかけた玲が、自分よりも音楽が好きだが、その一方で実家のうどん屋を手伝ったりして現実と折れ合いながら生きている千夏と出会う。この2人の関係を軸に、語り手と語り手ではない同じクラスの生徒や、彼女たちの家族、小・中学校の時の友人、学校の教師たちの交流が描きだされる。玲は早希の思いがけない一面を知ったり、文香からは死んだ自分の祖父の霊が自分を励ましていると知らされたりする。生徒一人一人の変化は、それぞれの個性の発見と、それに伴う将来の道筋の見通しとつながっている。

 女主人公がある種の失意から立ち直って、今まで気付かなかった自分を発見しはじめるという物語の展開はこの作家にとってなじみのあるもののようであるが、こういう物語を欲している人は少なくないのではないかと思える。失意に陥っても、多くの場合、まだまだ人生は長いのである。この物語の登場人物たちは高校生なので、先が長いだけでなく、もっと大きな失意に見舞われる可能性だってある。それでも、自分の個性を発見し、他人の個性を受け入れることで将来への希望が生まれ育っていくはずである。作者は、一人一人の登場人物に愛情を注ぎながら、饒舌に語りすぎず、読者にある程度の想像の余地を残して物語を語っている。
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