ダンテ・アリギエリ『神曲 煉獄篇』(28-2)

5月7日(土)曇り後晴れ

 ダンテは、地獄から煉獄へと彼を導いて来たローマ黄金時代の詩人ウェルギリウス、煉獄でその罪を浄めて第6環道から2人に合流したローマ白銀時代の詩人スタティウスとともに、第7環道を経て地上楽園に達した。好奇心にかられて、地上楽園の美しい森のなか深く分け入ったダンテは、小川にその歩みを遮られ、川の流れに沿って歩いていると、小川の向う岸を若く美しい貴婦人が歌いながら歩いているのを見かける。

 ダンテは貴婦人の美しさに感動しながら、彼女の歌がもっとよく聞こえるように、近づいてほしいと頼む。この時、ダンテが思い浮かべたのは、ギリシア神話に出てくるプロセルピナ(ギリシア語ではペルセポネー)の神話である。神々の王であるユピテル(ギリシアではゼウス)と大地の豊穣さをつかさどる女神ケレス(ギリシアではデメテル)との間に生まれたプロセルピナは美しい女神であったが、ユピテルの弟で冥界の王であるプルートーンが彼女に思いを寄せ、プロセルピナがシチリアのエンナの野で花を摘んでいるところを誘拐して冥界に連れ去った。母デメテルが彼女を探して天界を出たため、地上は冬を迎え、草も生えず、花も咲かなくなった。そこでユピテルがあいだに入って、プロセルピナを地上に戻そうとしたが、彼女は既に冥界の無花果を食べていたために、1年の半分を冥界で過ごすことになった、このため地上には四季が生まれたという。(翻訳者の原基晶さんの解説では無花果になっているが、私が子どものころ読んだ神話ではザクロであったと記憶する。天文学に興味のある方なら御存じだと思うが、ユピテルは木星、ケレスは小惑星の中で最大の天体で今日では準惑星に位置づけられ、プルートーンは冥王星でこれまた準惑星ということである。)

 こうして永遠の春が失われ、大地の実らない時期が冬となったという。これは人類の再生のアレゴリーであり、地上楽園の貴婦人はイタリア語で春を表すプリマヴェーラ、つまりプリマ・ヴェッラ(最初に来るもの)を表していると解説されている。解説を読まなくても、このあたりの詩行を読んでいると、ボッティチェッリの名作『春』が目に浮かぶ。ルネサンスの画家であったボッティチェッリはより異教的な描き方をしているが、彼がダンテの熱心な読者であったこと、『神曲』の挿絵に取り組んでいることをつけたしておこう。

彼女は鮮紅色と黄色の
花々の上で私のほうを向いた。その仕草は
恥じらいながら目を伏せている乙女のものだった。

それから近くに寄ってきて
私の願いを満たし、清らかな声が
詞の意味といっしょに私にまで届いてきた。
(415ページ)

川は私達を三歩ほど隔てていただけだった。
(416ページ) ダンテは自分自身の地上における罪の記憶のために川を渡って彼女のもとに行くことができない。小川を渡れないことをダンテが恨めしく思っていると、貴婦人が話し始める。地上楽園はもともと神が人類の住処として創造したものであった。ここで彼女がほほ笑んでいるのは、神の創造の美をたたえているからであると旧約の「詩篇」の一部を引き合いに出して説明する。なお、原さんは貴婦人が言及した『喜び祝わせて』が「詩篇」91.5-6であると傍注に記しているが、92.5-6が正しい。機会を見つけて訂正してほしい。
 その美しい地上楽園は、人類の祖先が原罪の起源となる罪を犯した場所でもある。貴婦人はダンテが歌を聴きたいと思っているだけでなく、さらに多くの疑問を心中に抱いていることを見抜いて、思っていることを質問するように促す。彼はこれまで自分が聞いていた地上楽園の様子と、今、自分がいる地上楽園の様子が違うことについて質問しようとする。

 ダンテがギリシア・ローマ神話の説話を多く取り入れていることに驚くかもしれないが、彼の場合、古代の神話は飽くまでキリスト教の教義を補強するものであって、キリスト教からは独立した独自の価値をもつものとは考えなかあったのである。それから、彼のギリシア・ローマの文化への理解が、十分なものではなかったことも念頭に置く必要があるだろう。彼は地球が丸いと考えていた点で、同時代の人々よりも進んでいたが、プトレマイオスの天動説の体系に基づいて、地球の自転という考えを持っていなかった。宇宙の中心である丸い地球の内部に地獄を、南半球に煉獄を置くという宇宙観はやはり中世的なものである。ただ、それまでの多くの人々が煉獄も地下にあると考えていたのに対して、天国により近い山のような世界として描きだしている点に特徴がみられる。
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