遠藤慶太『六国史――日本書紀に始まる古代の「正史」』(10)

5月6日(金)曇り後雨

 六国史は、奈良時代から平安時代の初めにかけて国家の手でまとめられた我が国の歴史を記す6部の書物:『日本書紀』、『続日本紀』、『日本後紀』、『続日本後紀』、『日本文徳天皇実録』、『日本三代実録』の総称である。遠藤さんのこの書物は、《六国史》の成立の事情や内容、そこに見られる歴史観について概観するものであるが、当ブログでは『日本書紀』から『続日本後紀』までの4部について既に取り上げてきた。今回は、『日本文徳天皇実録』について論じた部分を見ていくことにしたい。

 著者は殊更に『日本文徳天皇実録』と書名に「日本」をいれて表記しているが、ふつうは『文徳天皇実録』とか、『文徳実録』とかいわれる。『続日本後紀』がその仰々しい書名にもかかわらず、仁明天皇の治世一代18年間を対象とするものであったのに続き、『文徳実録』はその書名の通り文徳天皇の嘉祥3年(850)3月25日から天安2年(858)9月6日にわたる在位期間を対象とする。この間、9年間を10巻にまとめているが、これは《六国史》の中では最も小部である。「規模が小さい分編集が丁寧で、官人の死没は5位以上すべてを採録している。従来は4位以上に限られていたものである。」(138ページ)と遠藤さんは指摘している。

 『文徳実録』は藤原基経らが清和天皇の命を受けて編纂にあたったが、その作業の途中で天皇が陽成天皇に譲位され、編纂者の中からも死去するものが出て、あらためて基経、さらに菅原是善が中心となって編纂が進められ、元慶3年(879)にようやく完成した。
 その際、上表された『文徳実録』の序文は当時式部少輔兼文章博士であった是善の子道真が執筆したことが明らかになっている。遠藤さんは、道真がこの序文で司馬遷を引き合いに出して、「疑問のあることがらは記さない」という歴史家としての態度を明らかにしていることに注目している。

 さて、この時代、日常的な政治のあり方が大きく変化していた。奈良時代の天皇が朝堂における公卿たちの協議に臨席するという「朝政」が形骸化し、天皇の参加のない「陣定」が実質的な国政懐疑となる。その結論が、摂関、さらに天皇のもとに届いて最終的な採否が決定されるのである。文徳天皇は健康上の理由から、内裏に入って政務を処理されることがなかったと記録されている。「文徳天皇が内裏にいなくても、政務に支障が出ない状況が整えられていく」(146ページ)とこの間の状況を遠藤さんは要約している。

 このような政治的な変化を主導したのはもちろん、藤原基経であり、彼が自分を責任者とする歴史書に、天皇が政務をとることを邪魔したと書くわけはない。「摂関家の当主、藤原基経が編纂事業を総裁した国史では、表面には現れない微妙な青砥氏が書き留められていない」(148ページ)。その間の事情は、同時代の貴族の日記などから知ることができる(次第次第に、官製の歴史よりも、貴族の私的な日記のほうが史料的な価値が増していることで、《六国史》の終焉が近づいているわけである)。とはいえ、天皇が内裏に参入されなかった事実が書き留められていたことで、摂関政治への政治の流れが証言されているのであると著者は論じている。

 菅原道真が司馬遷を引き合いに出していることから、考えてしまうのは、司馬遷が皇帝の巡幸に随行して、或いは独自に各地を旅行して、見聞を深めたうえでその歴史書を書いているのに対して、《六国史》の著者たちには、地方官として赴任したりして、都以外の土地についての見聞がないわけではないのに、そういう知識が歴史書編纂に生かされているようには思えないことである。道真にしても、讃岐守になったことがあるが、そこで地元の歴史を調べるというようなことはしなかったようであるし、のちに太宰権帥に左遷されたときも、地方から巻き返しを図るなどということは思いもせずに、都と宮廷を恋しがってばかりいたようである。道真が司馬遷から学ぶべきであったのは、「疑問のあることは記さない」以前に、疑問は実地に赴いて徹底的に調べるということでなかったかと思うのである。私自身も、地方で暮らしていたときに、その土地の歴史を掘り下げるという作業はあまり取り組まずに、東京に職を得て、喜んで移住した経験があるから、あまり大きいことは言えないのだが、地方についての知識の重要性はいくら強調しても強調し足りないということはないのである。
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