『太平記』(103)

5月3日(火)曇り

 鎌倉幕府の滅亡後も、護良親王は信貴山に留まって、兵を集められていた。後醍醐天皇は親王に僧籍に戻るように命じられたが、護良親王は高氏の野心を警戒して天皇のご命令を拒否された。天皇から征夷将軍の職を許された護良親王は、元弘3年(1333年)6月13日、大軍を率いて上洛された。その後、妙法院宮(尊澄法親王)、万里小路藤房、円観、文観らが配所から帰洛し、天皇の隠岐配流中に不遇であった人々は、わが世の春を謳歌した。一方、公家の下僕のように扱われるようになった武士たちは、再び武家の天下となることを望んだ。8月に論功行賞が行われたが、後宮の内奏による不正が多かった。

 元弘4年(1334年)正月11日に、公卿たちが議論して、次のような結論に至った。天皇による親政が復活して、その政務が多忙なため、多くの役人と位を設けることとなった。現在(当時)御所としていた二条富小路内裏はわずか4町四方で場所が狭く、儀式を滞りなく行うのには支障がある。そこで、内裏を四方に1町ずつ広げて、新たに建物を建てた。これでもまだ、かつての皇居には及ばない、皇居や官八省を包摂する大宮殿(大内裏)を造営すべきであるということになり、安芸の国と周防の国を料国(費用を拠出する国)に定められ、全国の地頭、御家人たちから彼らの所領からの収益の20分の1を徴収することとした。(これも諸国の武士たちの不満を生み出すことになったのは、容易に推察できることである。)

 大内裏というのは、秦の始皇帝がその首都咸陽に築いた阿房宮の一部を模倣して、桓武天皇の時代に造営され、嵯峨天皇の時代から使用されてきたものであると『太平記』の作者は言う(どの程度、本当のことかをまだ確かめていない)。以下、大内裏がどのような構造になっているかを、作者は詳しく語る。問題は、その後の記述である。大内裏は、度々の火災により焼失し、再建を繰り返し、とうとう、現在では昔の大内裏の礎石だけが残っているという有様になってしまった。

 なぜ火災がたびたび起きたかという理由を考えると、昔の中国の唐堯、虞舜というような聖天子たちは中国全土の支配者としてその徳は天地にかなうほどであったが、宮殿を質素にする善政を行ったと言われる。「況(いわ)んや、粟散国(ぞくさんこく)の主としてこの大内(だいだい)を造られたる事、その徳に相応すべからず」(第2分冊、228ページ、まして粟粒のような小さな国の主人として、この大内裏を造営されたことは、その徳にふさわしいはずもない)と、きびしく論難している。後に続く天皇たちが、大した徳もなく、自分たちの住処を安泰に保つことだけを考えているのであれば、国の財政はそのことで使い果たされてしまうだろう。だから「君子は飽かんことを求むることなく、居安からんことを求ることなし」(同上、君子は食に飽き満ちることを求めず、安楽な家に住むことも求めない。これは『論語』学而篇の言葉だそうである)という。

 大内裏の門の額の文字を書いたのは高野大師(弘法大師=空海)であったが、この道理を御存じだったので、「大極殿」の題の字を書く際に、大を火という字に、「朱雀門」の朱という字を米という字にされたという。これを見た小野道風が「大極殿は火極殿、朱雀門は米雀門」(第2分冊、228‐229ページ)と非難したという。神仏の道理に通じた聖人が未来のことを見通してそのようにされたことを、俗人が非難したことの咎によるものであろうか、小野道風はその後中風になって、字を書くときに手が震えるようになったという。この説話は『古今著聞集』にも記載されている由であるが、この後が実は面白い。道風は草書を得意としたのであるが、手が震えるようになって、ますますその書に趣が出たという。このように、ひとつの結論で安心してしまわないところが、『太平記』の特徴の1つであろう。

 さて、貞観18年(876年)に大内裏が焼失した後、再び造営されたが、延長8年(930年)にまたもや落雷によって焼失した。この落雷は北野天神の家来の雷神の仕業であったとして、『太平記』の作者は北野天神=菅原道真の説話を、長々と語ることになる。

 今回、紹介した個所では、『太平記』の政治論的な性格(後醍醐天皇のもとでの大内裏の再建を批判して、為政者は質素な暮らしをすべきであり、もっと先に実行すべき政策があるはずだと論じているところ)、説話的な要素の混在(小野道風の説話)などの特徴がよく出ていて、興味深かったと思う。嵯峨天皇、橘逸勢とともに書の「三筆」に数えられる空海(774-835)と、藤原行成、藤原佐理とともに「三蹟」に数えられる小野道風(896-966)とでは100年以上の時代の開きがあり、書の流行も変化していたことが、後世の説話記録者によってどのように受け止められたかという問題として道風の説話を解釈すべきであるのかもしれない。
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