アガサ・クリスティー『ひらいたトランプ』

4月5日(金)晴れ

 『ひらいたトランプ』(Cards on the Table, 加島祥造訳、ハヤカワ文庫版による)は1936年に発表されたクリスティーの20作目の長編小説で、エルキュール・ポアロを主人公とする作品としては13作目、この他の内訳を書いておくとトミーとタペンスが1作、マープルが1作、ノン・シリーズが5作書かれている。

 謎の富豪シャイタナ氏がポアロを含む7人の人物をパーティーに招待する。当日集まったのは探偵作家のアリアドニ・オリヴァ夫人、スコットランド・ヤードのバトル警視、情報部に所属するレイス大佐、この3人にポワロを加えた4人は探偵役として呼ばれている。その一方、成功した医師であるドクター・ロバーツ、60過ぎの老婆であるロリマー夫人、探検家のデスパード少佐、20歳を過ぎたばかりの美しい女性であるミス・メレディスの4人はシャイタナ氏によると過去に殺人を犯したが、知られずにいるのだという。

 食事の後、来客たちはブリッジを始める。一方のテーブルをロリマー夫人、ドクター・ロバーツ、ミス・メレディス、デスパード少佐が、もう1つのテーブルをポアロ、オリヴァ夫人、バトル、レイスが囲み、シャイタナ氏は客間で1人過ごすことになる。時計が12時を回り、参加者たちは帰宅しようとして、シャイタナ氏が動かない―何者かに殺されたらしいことに気づく。容疑者はシャイタナに過去の秘密を知られた4人の中の1人であることは容易に想像ができる。警察に連絡が取られ、捜査が始まる。

 巻末の「ブリッジについて」という解説的な文章の中で高木重朗はこの作品について「クリスティーの作品のうちでもA級に属するものであるが、わが国ではあまり評価されていないようである。/その理由はわが国では、ブリッジがまだ一般に知られていないからである。4人の容疑者が行った、ブリッジのゲーム展開が犯人をつきとめる重要なカギになっている」(299ページ)と書いている。

 先に取り上げた『七つのダイヤル』の中にもブリッジの場面は盛んに登場していたことでわかるように、クリスティー自身がブリッジが好きだったようである。あいにく私はブリッジについては全く知らないので、この作品の本当の面白さは分からないのかもしれないが、高木氏が触れていないところで、この作品には別の愉しみ方がある。

 それはこの作品に登場する人物のかなり多くが、クリスティーの他の作品に登場し、そういう人物の多さではおそらくこの作品に勝る作品はないだろうということである。まずクリスティーの作品の中でのポアロの位置については言うまでもない。オリヴァ夫人はクリスティー自身を戯画化した存在といわれるが、この後『マギンティ夫人は死んだ』(Mrs. McGinty's Dead, 1952)、『死者のあやまち』(Dead Man's Folly, 1955)、『蒼ざめた馬』(The Pale Horse, 1961)、『第三の女』(Third Girl, 1966)に登場する。『蒼ざめた馬』以外はポアロの登場する作品で、ポアロの友人として特に迷惑をかけながらも彼の事件への取り組みを助けている。バトル警視は『チムニーズ荘の秘密』(The Secret of Chimneys, 1925),『七つのダイヤル』(The Seven Dials Mystery, 1929)に登場していた(ノン・シリーズ5作と書いたうちの2作に登場しているわけである)が、この後『殺人は容易だ』(Murder Is Easy, 1939)、『ゼロ時間へ』(Towards Zero, 1944)で活躍する。『ひらいたトランプ』を含め、引き立て役だったり、最後の最後になって問題を解決する役だったりしているが、『ゼロ時間へ』では名探偵ぶりを見せる。そこでポアロの推理に言及しているのは読者サーヴィスであろう。レイス大佐は『ナイルに死す』(Death on the Nile, 1937)でポアロと行動を共にし、『忘られぬ死』(Sparkling Cyanide, 1945)では事件の捜査に当たっている。

 これは物語の展開をあらかじめ知らせることにもなるが、4人の容疑者の中の1人であるデスパード少佐はアン・メレディスの友人のロウダ・ドーズと結婚して、『蒼ざめた馬』に登場する。この作品の語り手で探偵役であるマーク・イースターブルックはロウダの従兄弟という設定である。だから『蒼ざめた馬』には『ひらいたトランプ』の登場人物3人が再登場することになるが、それに加えてデスパード夫妻の居住する教区の教区牧師ケーレブ・デーン・キャルスロップとその夫人は『動く指』(The Moving Finger, 1943)に登場している。キャルスロップ夫人はミス・マープルの親友の1人である。だからオリヴァ夫人を通じて、ポアロとマープルはつながることになる! オリヴァ夫人がクリスティー自身の戯画化だとすれば、これは当然のことであろうか。

 ポアロ中心に執筆当時考えられる範囲での探偵役をそろえて、自分の好きなブリッジが謎解きの鍵になるという設定により、この作品はクリスティーにとってもっとも愛着の持てる取り組みになったと思われる。読むほうもそれだけの心の準備をしてとりかかる必要がある。

 『動く指』と『蒼ざめた馬』の両方の作品で登場する場面は少ないのだが、キャルスロップ夫人の残す印象はきわめて強い。このことについてはまた機会を改めて書いてみることにしよう。 
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