流れる

4月22日(金)晴れたり曇ったり

 4月21日、神保町シアターで「生誕110年 女優杉村春子」の特集上映から、『流れる』(1956、東宝)を見る。1955年に発表された幸田文の同名小説に基づいて、田中澄江と井手俊郎が脚本を書き、成瀬巳喜男が監督した。

 大きな川が流れている東京の下町。この町にある芸者置屋・つた屋に夫と子どもに死に別れた中年の女・梨花(田中絹代)が女中として雇ってほしいとやってくる。あるじのつた奴(山田五十鈴)に気に入られた彼女は、この家を切り盛りしはじめる。つた屋にはとうがたった老妓のそめ香(杉村春子)、若いなな子(岡田茉利子)という芸者が勤め、つた奴の娘であるが芸者にならなかった勝代(高峰秀子)と、つた奴の妹で板前の夫と別れて身を寄せてきた米子(中北千恵子)、その娘の不二子(松山なつ子)が同居している。

 つた屋は古くからの置屋であるが、経営状態は悪く、芸者の数も減る一方で、つた奴は姉のおとよ(賀原夏子)や、料亭・水野の女将であるお浜(栗島すみ子)から借金を重ねている。勝代は職安に出かけたり、履歴書を書いたりして、仕事を探している。以前、つた屋にいたなみ江の伯父(宮口精二)が金をゆすりにやってきたり、不二子が病気になって、米子の前の夫(加東大介)が顔を見せたりする。浪江の伯父の一件は警察沙汰になり、つた屋は苦境に追い込まれる・・・。

 戸板康二『物語近代日本女優史』(中公文庫)の「山田五十鈴」の章は次のように書きだされている:
 「舞台の三代女優という…(と)、それは水谷八重子、杉村春子、そして山田五十鈴ということになっていた。
 その前に日本映画の二大女優として、田中絹代と山田五十鈴を挙げる人もいた(津村秀雄)。いずれにせよ、なみなみならぬ評価といわなければならない」(315ページ)。実はこの後の部分が、女優としての山田五十鈴の特徴を要約して語っていて、読み応えがあるのだが、ここでは省略する。1948年に松竹が田中絹代主演で『女優須磨子の恋』(溝口健二監督)を製作したのに対し、東宝は同じく松井須磨子をヒロインとする『女優』を山田五十鈴主演で製作した。因縁浅からざる2人の共演である。
 この2人に杉村春子が加わり、私が引用した個所で「大女優」といて言及された4人のうち3人がこの映画に出演し、日本の映画史の中で、田中絹代と山田五十鈴に続く世代の代表的な女優である高峰秀子、さらにこの作品の撮影中はまだまだ若手であったが、のちに松竹に移り、吉田喜重との結婚を経て大女優としての評価を得るようになった岡田茉利子が顔を見せている。さらにまだ無声映画時代にスターとして活躍した栗島すみ子が特別出演しているのであるから、それだけで見る価値があるというものである。(男優陣はそれに比べるとかなり見劣りがするが、加東大介、宮口精二と『七人の侍』のうちの2人が顔を見せていること、仲谷昇の若い姿が見られるあたりが見どころであろうか。)

 梨花を除くほとんどの登場人物が、他人のことについては的確な指摘をするのに、自分のことになると物事が冷静に考えられない。そのあたりの人間模様が細かく、丁寧に描きだされている。物語は起伏に乏しく、地味である。いわば川の下流のように流れていく。大きな事件は起きないが、着実につた屋は没落していく。羽織の表よりも裏に凝るというのが、江戸趣味だそうだが、江戸っ子である成瀬は、豪華配役で地味な映画を作ることで、そんな「粋」を追及しているようにも思われる。もっとも、その「粋」な世界をリアルに描いて見せて、幻想を打ち砕くという演出もされている。初めの方で梨花に置屋の中を案内する場面で、汚いところでしょうというセリフがあるが、お座敷に出るときの着飾った装いと、掃除が行き届かず、荒れた置屋の様子との対象は、「粋」などというものではない。

 当ブログ3月28日の『晩春』(1949、小津安二郎監督)の論評で、杉村春子が2度結婚したことを知らずに筆を滑らした個所がありました。謹んで訂正いたします。
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