ダンテ・アリギエリ『神曲 煉獄篇』(27-1)

4月15日(金)晴れ

 ダンテはウェルギリウスに導かれて、煉獄の第7環道を歩んでいる。第5環道から、その罪を浄めて天国に向かおうとするローマ白銀時代の詩人スタティウスが2人に合流する。スタティウスはウェルギリウスを敬慕しているのである。詩人は、その詩によって、どのように神の道に人々を導くべきか、ダンテは煉獄でその罪を浄めている先行詩人たちの例と対話しながら、次第に結論に近づく。

 すると、ここでも天使が現われて、「心の清い人々は、幸いなるかな」と言い、
その後で、「この先に進むことかなわず、もしもその前に、
聖なる魂よ、火に咬まれなば。火中に入られよ。
そして、向こうからの歌に耳を傾けるように」
(396-397ページ)と彼らに告げる。

 燃えさかる火を見て、ダンテは怯える。「かつて見た、焼かれた人体が/まざまざとおもいだされた。」(397ページ) 彼の時代には、異端者たちが公開で火刑に処されていた。ダンテ自身も、そういう現場に出会ったはずである。
 すると、ウェルギリウスは、「ここに責め苦はありうる。が、死はない。」(398ページ)と言ってダンテを励ます。
「・・・
捨てされ、さあ、捨て去るのだ。あらゆる怯懦を。
そこで正面を向いて進め、自信をもって入れ。」
(同上)

 それでもダンテが前に進もうとしないので、ウェルギリウスはベアトリーチェの名前を出して、彼を前に進ませようとする。そして、自ら先頭に立って、火の中を歩み、これまでは2番目に道を歩いていたスタティウスに、最後に来るように頼む。2人に挟まれて、ダンテは火の中に入らざるを得なくなる。

私が中に入った瞬間、体を冷やすために
溶けたガラスの中に私は飛び込んだであろう、
火はそれほどに、際限なくそこで燃え盛っていた。
(400ページ) そして彼らを身備蓄用に、燃え盛る火のかなたから歌声が聞こえる。

「太陽が消えていく――響きはつけ加えた――そして夕べが来る。
留まることなかれ。歩を急げ、
西の空が闇に染まらぬ間は」。

すでに低くなっていた太陽の光線を
私が遮って消している方角に、
道は岩山の中をまっすぐ上がっていた。

そしてほんの数歩だけ急な階段を味わったところで、
影が消えたために、私と我が賢者たちは
背後で太陽が休みに入ったことを知った。
(402ページ)

 ウェルギリウスはベアトリーチェの名を引き合いに出して、ダンテを前に進ませようとする。この場合、ベアトリーチェは神への愛のアレゴリーであると翻訳者である原さんは論じている。実在した、ダンテの初恋の女性と考えたいのはやまやまであるが、そうではなくて、観念的な存在であるというのである(両者が微妙に入り混じっているが、理想化が激しいと考えるべきではなかろうか)。

 天使と出会った際にダンテは額に刻まれた文字を消されたはずであるが、そのことについての描写はなされていない。彼らはいよいよ煉獄山の頂上にある地上楽園へと足を踏み入れることになる。地上楽園と天国とが別物だというところに、ダンテの考え方が現われているとみるべきである。
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