日記抄(4月8日~14日)

4月14日(木)曇り

 前回のブログで書き落としたこと、これまでのブログの補遺、4月8日から本日までの間に経験したこと、考えたことなど:

 4月7日、NHKカルチャーラジオ「文学の世界」『教養としてのドン・キホーテ』の第1回を聴く。講師は清泉女子大学の吉田彩子教授である。『ドン・キホーテ』という小説の題名はよく知られているが、実際にどんな物語化はあまり知られていない。この講座では、この物語がいつ、どのような状況で書かれ、文学作品としてどのような特徴を備えているかなどを論じていくという。
 ドン・キホーテはイダルゴ(ふつうは郷士と訳されている)と呼ばれる最下級の貴族であり、誇りは高く、さまざまな特権を持っている一方で、イベリア半島をムスリムの手から奪還するレコンキスタで功績を挙げた(そのために貴族の身分を得た)先祖のような武勲を上げる機会もなく、武器は古び、馬は痩せ、日常の鬱屈を騎士道生活を読むことで紛らわせている。その結果、だんだん自分も騎士のように活躍しようと思いだす…。
 この物語は騎士道小説の常道を行き、複数の著者がいるという設定がなされている。物語の途中で、この物語はアラビア人の歴史家シデ・ハメーテ・ベネンヘーリによって書かれたことが分かるが、もちろんシデ・ハメーテ・ベネンヘーリは架空の人物である。
 第1回は、このように『ドン・キホーテ』が一筋縄ではいかない小説であることを紹介して終わっている。
 
4月8日
 NHKラジオ「実践ビジネス英語」の”Quote...Unquote"のコーナーで紹介された言葉:
Old minds are like old horses; you must exercise them if you wish to keep them in working order.
----John Adams (Second U.S. president, 1735-1826)
(老いた知性は、老いた馬のようなものだ。使えるように保ちたいのなら、それを鍛えなくてはならない。)
 ジョン・アダムズの息子のジョン・クィンシー・アダムズは第6代のアメリカ大統領となった。『ヘンリー・アダムズの教育』の著者は、ジョン・クィンシーの孫である。大学時代に外国人教師をしていたアダムズさんというのが、この一族の出身だと聞いたことがある。

 4月7日の「まいにちロシア語」応用編『ロシア語大好き‼12の扉』では18世紀ロシアの学者ロモノーソフの「ローマ皇帝カール5世は、スペイン語は神と語るのにふさわしく、フランス語は友人と、ドイツ語は敵と、イタリア語は女性と語るのにふさわしいといった」と書き記していることを取り上げたが、本日はその続きで『しかし、もし彼がロシア語に通じていれば、ロシア語の中に、スペイン語の荘重さ、フランス語のみずみずしさ、ドイツ語のゆるぎなさ、イタリア語の優しさを見出しただろうし、さらにそのうえ、ギリシャ語とラテン語の持つ豊かさと簡潔な表現力を見出しただろう」と、ロシア語の賛美で締めくくられている。実際に、文学や社会思想、科学の領域における優れた業績がロシア語で書かれるようになるのは19世紀になってからのことであった。
 カール5世というのは神聖ローマ帝国の皇帝で、ネーデルランドとスペインを中心に広大な世界を支配したが、宗教戦争と大航海時代の征服戦争のさなかで各地を移動しながらその生涯を送ったという。『ドン・キホーテ』の作者が生まれたのが、この人=スペイン国王カルロス1世の統治下のことであった。

4月9日
 ニッパツ三ツ沢球技場で今年からなでしこリーグ2部に昇格したニッパツ横浜FCシーガルスと愛媛FCレディースの対戦を見る。女子サッカーの試合を実際に見るのはこれが初めてである。入場は無料で、メイン・スタンドだけが開放され、売店は営業していた。活発な点の取り合いとなったが、3-4で敗戦。早く初勝利の報せを聞きたい。

4月10日
 朝日新聞の朝刊によると、中国で羊肉料理が流行して「爆食」の結果、羊毛の価格が高騰し、日本の学校の制服の価格に影響が出ているという。「風が吹けば桶屋が儲かる」を思い出すが、再利用のネットワークを広げるなどの対応も必要だろう。

 Eテレ「日本の話芸」で柳家さん喬師匠の「火事息子」を視聴する。火事が好きで、火消し人足になった息子が、実家の火事の際に駆けつけて両親と再会する。世間体と親子の情の間で揺れ動く親子の気持ちの表現が難しい話である。さん喬師匠は多彩な表情の演出でこのあたりを描きだそうとしたが、もう少し話のほうにも工夫があってよかった。この話は、6代目三遊亭円生の口演が印象に残っているが、さん喬師匠とは流派が違うか…。

 NHKラジオ「攻略!英語リスニング」は”pudding"(プディング)の話題を取り上げた。
What exactly pudding is? (プディングとは、正しくはどんなものを指すのか?)
アメリカと英国で、事情は違うらしい。そういえば、英国で食べたことのあるblack puddingについても言及があり、
a type of pudding -- black pudding, it's called, and it's a type of sausage that contains a great deal of pig's blood (プディングの一種で、ブラック・プディングと呼ばれているものは豚の血をふんだんに含むソーセージの一種である)
It was Henry Ⅷ's favorite type of pudding. (ヘンリーⅧ世お気に入りのプディングだった)
 puddingという言葉そのものは旧いフランス語やラテン語の「ソーセージ」という意味の言葉に由来しているのだが、
how has that led to what I think of as pudding?
(それが何で私がプディングだと思っているものにつながっているのか?) puddingと日本の「プリン」の違いはさらに大きい。

4月11日
 NHK「ラジオ英会話」は子どもが学校の科学祭に向けてソーラーオーブンを作るという話で
I need a pizza box and aluminum foil. (ピザの箱とアルミ箔が必要なんだ。)
という。pizzaは「ピッツァ」と発音するという注意があった。イタリアでも北の方では「ピッザ」と発音するという話を聞いたことがあるし、イタリア語の時間のパートナーの方々のzの発音を聞いていても、人それぞれである。

4月12日
 三舟隆之『浦島太郎の日本史』に出てくる浦島関係の話で、興味深い物を2つ紹介する。
 福井県に伝わる伝説:
 浦島は故郷に戻ってきたが、800年も前に死んだということになっていて、人々から幽霊だと思われる。そこで玉手箱の前で3つ手を叩いて着物や金を出して人々に分け与える。それを聞きつけた役人が、これはキリシタン・バテレンの仕業だろうといって浦島を捕まえようとする。そこで浦島は着物や金を出して見せるが、役人は勝手に玉手箱をあけてしまう。すると、煙が流れ、あとはもういくら手を叩いても玉手箱から物は出てこなくなった。
 『宇治拾遺物語』に出てくる浦島の弟の話
 陽成院の釣殿で夜、番人がうとうとしていると、池の中から老翁が出てきて、自分は浦島子の弟でこの池に1200年住んできたが、「社を造って自分を神として祀れ」という。番人は自分にはそんな権限はないから、もっと上の方の人に言ってくれと答えたが、翁は怒って彼を3回も空に放り投げ、一口で食べてしまう。〔結局、神社は建てられなかったし、池も埋め立てられてしまったので、誰も得していない、食べられた番人が一番損をしたという話である。浦島に弟がいたというのは初耳であるが、1200年も池に住んでいたというのならば、むしろ兄というほうが似つかわしい気がする。〕

4月13日
 「実践ビジネス英語」の”Quote...Unquote"のコーナーで紹介された言葉:
To do easily what is difficult for others is the mark of talent.
To do what is impossible for talent is the mark of genius.
----Henri-Frédéric Amiel (Swiss philosopher, poet and critic, 1821-81)
(ほかの人にとって難しいことをやすやすとやるのは、才人の証しである。才人にとって不可能なことをやるのは、天才の証しである。)
 大学院時代の終わりごろにはアミエルの『日記』をよく読んでいたが、その後、全く読まなくなった。どういうことだろうか。

4月14日
 「実践ビジネス英語」の”Word Watch"のコーナーでcorporate university programu(企業内大学プログラム)という語が取り上げられた。企業が社内に儲ける社員用研修制度の一種であるという。正式な大学ではないが、中にはMBレベルのカリキュラムをそろえているものもあるという。日本では終身雇用制度が崩れるとともに、企業内の研修制度も外注されたり、なくされたりしているという話を聞くが、終身雇用でもないアメリカで社内研修に力を入れている例があることにもっと注目する必要があるかもしれない。

 NHKカルチャーラジオ『教養としてのドン・キホーテ』の第2回。『ドン・キホーテ』の著者ミゲル・デ・セルバンテス(1547-1616)が生きた時代のスペインの社会の状態について。カルロス1世の跡をうけて即位したフェリペ2世はカトリックへの信仰心が強く、排外主義的な政治を行い、国外からの書物の輸入や、スペイン人が国外の大学で学ぶことを禁止したりした。この時代、セルバンテスも従軍したレパントの海戦(1571年)には勝利するが、イングランドを攻撃しようとした1588年の海戦では惨敗する。戦争と経済危機が続いたフェリペ2世の治政の後、フェリペ3世が即位しいくらか落ち着いた平和な時代が到来する。
 セルバンテスが『ドン・キホーテ』を書いたのはこのフェリペ3世の時代である。番組ではドン・キホーテの最初の家出と、「騎士への叙任」の次第、帰宅した後、彼の周囲の人々が騎士道に関する本の中で<有害な>ものを焼き捨てようとしてえり分けるが、家政婦が怒りに任せて、有害なものもそうでないものも全部焼き捨ててしまったこと、にもかかわらず、元気を取り戻したドン・キホーテが準備を整え、近くの農夫であるサンチョ・パンサを従者として雇い入れて、騎士としての遍歴の旅に出発するところまでを紹介した。

 九州で起きた強い地震の被害に遭われた方々にお見舞いを申し上げます。
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