柳田国男『日本の昔話』

4月3日(水)

 昨日(4月2日)、柳田国男『日本の昔話』(角川文庫)を読む。書名通り日本各地の昔話を選んでまとめた本であるが、柳田の狙いはそれぞれの昔話が僅かな違いはあるけれども、読者が年長者から聞いた昔話と共通性をもっていることを認識させること、そのことを通じて自分たちの伝統に気付かせ、興味を持たせることであったと思われる。このことと関連して柳田が都市よりも地方、貴族や武士よりも彼の言う常民の生活を描いた物語を重視している点も注目してよい。いわゆる歴史から見逃されがちな人々の間の伝承を重視する柳田の姿勢は新しい社会観を日本に定着させようとする試みの一環として捉えられるべきであろう。この点と関連して『続飛騨採訪日記』所収の「味噌買橋」(82―84ページ)という説話をめぐり、この名前の橋が実在したことを注記しているのは伝承と歴史の接点を示そうとするものであろう。

 ところで柳田のこれらの意図とは別に、私が考えさせられたのは児童文学における伝統と近代という問題である。子どもという概念も、児童文学というジャンルも近代の産物には違いない。しかし、グリムの例を見れば明らかなように、児童文学は近代以前の伝承にその内容の相当部分を負っていることも無視できない。

 60代の私は、ここに集められた物語を懐かしく読むことができる。しかしその懐かしさがどの世代まで継承されているのか、現代の子どもたちはどんな昔話を聞いて育っているか、あるいはそもそも昔話に縁がないのかは、実証的な調査を必要とする問題である。親が子どもに絵本の読み聞かせをすることの効用を説く意見があるが、その絵本の内容も問題だし、読み聞かせではないただのお話も必要であろう。

 特に考えなければならないのは昔話という場合の昔が変質していることである。石井桃子さんの『ノンちゃん雲に乗る』の中にノンちゃんに向かって母親がむかしむかし・・・というと、おじいさんのおじいさんが子どもだったころといって聞かせる場面があったと記憶する。今の子どもたちのおじいさんのおじいさんが子どもだったころは、既に明治である。あるいは大正かもしれない。子どもたちのむかしむかしには既に文明開化が入り込んでいる。柳田の弟子であった早川孝太郎は、蒸気機関車に化けたたぬきの話を書き留めているが、蒸気機関車は近代であるとともに、その近代が過去になっていることを示す存在である。浦島太郎や金太郎だけでなく、今やディズニーも伝統に入り込もうとしていることを見逃すべきではあるまい。

 以前、ある研究会で宮沢賢治について発表した人がいて、その時に賢治の童話と柳田の『遠野物語』の関係について何か考えるところがあるか質問したのだが、不勉強でと逃げられた記憶がある。賢治と柳田は同時代を生きていたし、『遠野物語』のインフォーマントであった佐々木喜善は賢治と親交があった。賢治と柳田の両者は伝統と近代の相克という同じ問題に取り組んでいたと考えるべきでないか。『遠野』が描いているのは過去だけでなく同時代の村の生活でもある。賢治の童話には伝統が近代にぶつかっている状況を描く「なめとこ山の熊」のような作品と、近代が前面に出ている「銀河鉄道の夜」のような作品とがあり、そのこと自体彼の作家としての葛藤を示していると思う。

 もう一つ、柳田はあえて避けているが、『日本の昔話』と言いながら、ここに集められた話は、様々なジャンル、海外の民話と共通する内容を含んでいることも無視できない。『土佐昔話集』から収録された「たのきゅう」(76-77ページ)は落語の「田能久」のもとになっていると考えられるし、『津軽口碑集』からの「米ぶくろ粟ぶくろ」(99-102ページ)は一種のシンデレラ物語である。また大分県臼杵市『俚謡集』所収の「炭焼小五郎」(91-93ページ)の話は東北地方だけでなく朝鮮半島にも類似の伝説があるし、『沖永良部昔話集』から採られた「山の神と子供」(162-167ページ)の説話に似た話を『ベトナム民話集』で読んだことがある。解説で三浦佑之さんが述べているように、柳田は比較神話学者の高木敏雄と影響し合っていたはずだが、高木が若くして死んだために、海外の説話との比較という方向が消えてしまったように思われるのは残念なことである。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR