近藤成一『鎌倉幕府と朝廷 シリーズ日本中世史②』

3月21日(月)曇り後晴れ

 3月19日、近藤成一『鎌倉幕府と朝廷 シリーズ日本中世史②』(岩波新書)を読み終える。1月25日、26日、28日付のこのブログで紹介した五味文彦『中世社会のはじまり』に続く、『シリーズ日本中世史』の第2弾である。その時にも書いたが、そもそも西洋の<中世>とパラレルな<中世>を日本社会に設定できるのかという根本的な問題は、このシリーズでは回避されている。その点はさておいて、「鎌倉時代」の通史としてこの書物は大いに読み応えがあるし、この時代について考える際に重要な問題の多くが取り上げられているので、この時代の研究に興味がある、あるいは取り組んでみようと思っている歴史愛好家、学徒には必読の書物であろう。

 この書物の目次を紹介すると:
はじめに
第1章 鎌倉幕府の成立と朝廷
 1 治承・寿永の乱
 2 征夷大将軍
 3 承久の乱
第2章 執権政治の時代
 1 執権泰時と御成敗式目
 2 乱後の朝廷
 3 得宗家の成立
第3章 モンゴル戦争
 1 鎌倉時代の対外関係
 2 文永・弘安の役
 3 戦争のあとに
第4章 徳政と専制
 1 弘安徳政
 2 両統迭立
 3 得宗専制
第5章 裁判の世界
 1 裁判のしくみ
 2 裁許状を読む
 3 訴訟の多発する社会
第6章 鎌倉幕府の滅亡
 1 悪党の登場
 2 後醍醐天皇
 3 幕府の滅亡

 この目次を見て気づくことは、幕府の成立過程よりも、その内包する矛盾や、滅亡の過程の方に重点が置かれていること、また第5章に典型的に示されているように、この時代の制度的な枠組みがどのようなものであったのかに記述の重点を置いて、人々の暮らしやその心情は、枠組みの考察の中から推察するというやり方を取っていることである。最近、私が歴史における制度の重要性について関心をもっているからかもしれないが、この書物は朝廷という制度、幕府という制度、それらの制度の変遷に焦点を当てており、そのことが時代の理解に役立っているように思われるのである。

 以前、鎌倉を取り上げたTV番組を見ていたら、リポーターが「鎌倉幕府最後の将軍源実朝が…」などといっていたので、これが今の日本の歴史教育の成果なのかと慨嘆したことがある。実朝が甥の公暁によって暗殺されたのは1219年で、鎌倉幕府が滅亡したのは1333年である。幕府というのは、将軍がいなければ成立しない制度である。100年以上の間、将軍なしで、幕府が維持できたなどと考えるのは制度というものを理解していない思考である。この書物にも書かれているし、それよりもまず、日本史の教科書にも書かれているはずなのだが、実朝の死後、九条家から頼朝の縁につながる貴公子を迎えて将軍とする(摂家将軍)、その後は皇室から親王を迎えて将軍とする(親王将軍)ということが行われた。だから実朝は最後の源氏将軍ではあるが、鎌倉幕府最後の将軍ではない。このあたりが常識にならないと、鎌倉時代の正確な理解が広まったとは言えない。

 もう一つ、著者も「はじめに」で力説しているように、鎌倉時代というのは、政治の中心が鎌倉にあった時代ではなくて、京都と鎌倉に政治の中心が分立していた時代である。その中での政治的な意思決定がどのようになされ、人々の生活にどのように影響を及ぼしたかについては、さまざまな様相があり、それがこの書物の内容ともなるのだが、それは、今後、機会を見て詳しく考察していくことにしたい。『太平記』に関連して、以前に書いたことがあるが、私の個人的な実感として、京都と鎌倉は都市としての規模からいっても、文化的な伝統の厚みからいっても、勝負にならないほど京都が優位に立っている。しかし、それでも大仏がいい例であるが、鎌倉が一矢か二矢かを報いているところがあって、単に≪武士の都≫などというのではなくて、鎌倉という都市に宿っていた力が何なのかも考えていきたい点である。
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