ウェルズ恵子『アメリカを歌で知る』

3月18日(金)晴れ後曇り

 ウェルズ恵子『アメリカを歌で知る』(祥伝社新書)を読む。

 アメリカのフォークソングを中心として、この国で歌われている様々な歌の成り立ちを、社会で起きた出来事との関連で歴史的に概観した書物である。著者の好みを反映したと思しき、記述の精粗、濃淡があって、きわめて個性的で、読み応えのある書物である。

 この本は5章から構成されている:
「第1章 愛される歌」では、「フォークソングの真髄」として、フォークソングの成り立ち、ジミー・ロジャーズ、ウッディ・ガスリー、ピート・シーガー、ボブ・ディランというその歴史に大きな貢献を残した歌手の足跡とその代表作とが紹介されている。(カーター・ファミリーをはじめ、省かれている歌手や作品が少なくないことも特徴的である。)

「第2章 なくてはならない歌」では、「船乗りと七つの海の歌」として、長い間船による交通によって外の世界とつながり、発展してきたアメリカでは、船乗りたちの歌が特別な意味を持ってきたことを語っている。また、メルヴィルの『白鯨』を初めとして捕鯨にかかわる歌が数多く取り上げられている。

「第3章 記録する歌」では、「フロンティアに生きる」として、アメリカ社会の西部への発展の中で、ゴールド・ラッシュ、カウボーイたちの活動、鉄道の延伸などの出来事がさまざまな歌を生み出したこと、またその中で伝説となって歌われたヒーローやヒロインたちのことが取り上げられている。

「第4章 つぶやく歌」では、「『ブルーズ君』の語ること」として、黒人の間で歌い継がれたブルーズの成り立ちを語る。アメリカのフォークソングの歴史を考えるうえで、ブルーズの存在も無視してはならないというのである。

「第5章 表現する歌」では、「近代化の犠牲の中で」として、資本主義と工業の発展の犠牲になった労働者たちによって歌い継がれた歌が取り上げられる。特に炭鉱と紡績工場で歌われた歌に焦点が当てられている。

 以上、目次を辿って概略を紹介しただけでわかるように、この本は実に多くのことを語っているが、その分、多くのことを語り落としている。新書版では多くのことを語り切れないし、脱線した話題は語るべきではないだろう。たとえば、第2章で触れられている「シェナンドー川」について、同じ名前のアンドリュー・V・マクラグレン監督の映画があって、これはカサリン・ロスの映画への初出演作であったのみならず、内容的にもウィリアム・ワイラー監督の『友情ある説得』と共通するものを含んだ重要な作品であったとか、メルヴィルの『白鯨』のジョン・ヒューストン監督による映画化に際しては、レイ・ブラッドベリが脚本を書いているとか、自分の知っていることをつけたしながら読んでいた。

 そういう中で、一番気になっていることを挙げると、第5章でフランシス・カボット・ロエルという実業家がマサチューセッツ州で紡績事業を展開したこと、そこで歌い継がれていた歌の特徴が述べられているが、このフランシス・カボット・ロエル(ローウェル)は「アメリカ産業革命の父」と言われるだけでなく、今年になってから、当ブログに登場した3人目のローウェル一族の人物である。あとの2人というのは、明治時代に来日して能登を旅行、帰国してから火星の研究に専念しただけでなく、冥王星の存在を予見したパーシヴァル、アメリカのロマン主義を代表する詩人でハーヴァード大学の教授であったジェームズ・ラッセルである。

 人種・民族が融合して新しい文化を作り出す「るつぼ」であるといわれ、その一方で、さまざまな文化が融合せず、むしろそれぞれの特色を保ちながら共生する「サラダ鉢」であるともいわれるアメリカ社会の特色が音楽を通じて語られているが、ケルト系と黒人の音楽については比較的詳しく、フランス系とヒスパニック系についてもある程度触れられている一方で、ユダヤ系をはじめとしてほとんど触れられていない民族文化がある。著者は「はじめに」で「アパラチア地方の伝統やデルタ・ブルーズのことなどは、ぜひまた稿を改めて本にしたい」(6ページ)と書いているので、この言葉が実現するのを待つことにしよう。

 ウェルズさんはフォークソングの歌詞の研究が専門だとのことで、歌詞について詳しい分析を展開し、その隠された意味を多く明らかにしているだけでなく、注の中でもとの歌詞についても詳しく紹介しているが、そこまでするぐらいなら、CDを付録につけるとか、なにか工夫をして一部だけでもいいから歌そのものを聞けるようにしてほしかった。そうはいっても、私が買いためてきたアメリカン・フォークソングのCDを改めて聞きなおすきっかけとなりそうな本であるという意義は否定できない。
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