遠藤慶太『六国史――日本書紀に始まる古代の「正史」』(4)

3月16日(水)晴れたり曇ったり

 この書物は史学史、つまり歴史記述、歴史研究の歴史についての本であり、昔の歴史の本がどのようにして書かれ、どのような特徴をもっているかがその主な内容となっている。とはいえ、その本に書かれていることが歴史的な事実であるかどうかも、関連して考えの中に入れる必要がある。

 『日本書紀』における紀年のずれの問題について論じた後で、伝説と史実とを『日本書紀』の編纂者たちがどのようにすり合わせているかの例として、この書物では「神功皇后紀」における中国の歴史書の引用の問題を取り上げている。ここで著者は、戦後の歴史学の中で神功皇后の実在性が問題とされてきたと述べているが、具体的にどのような議論がなされたかは記されていない。史学史の問題とすれば、むしろ神功皇后の<紀>を設けたことの方が重要であるが、そこは避けている。中国では原則として女性の皇帝を認めないが、それでも女性が最高権力者であった場合には、<本紀>を設けてその事績を記している。『史記』には「呂太后本紀」、『漢書』には「高后紀」があって、呂后の執政時代の歴史を記し、新旧の『唐書』でも武則天(則天武后)については<本紀>を設けて扱っている。これに対して清末に権力をふるった西太后(孝欽顕皇后)について『清史稿』は<本紀>を設けず、「后妃列伝」の中で記述している。つまり新しい歴史家のほうが現実に誰が権力をふるったかということよりも、大義名分の方を重んじ、昔の歴史家のほうが柔軟で現実的に歴史を把握していたということになる。『日本書紀』の編纂者が「神功皇后紀」を設けたのは、『史記』、『漢書』の例が念頭にあったとも考えられる。

 神功皇后の実在性との関連で、著者が問題にしているのは、『日本書紀』の編纂者が中国の歴史書(『魏志』『晋起居注』)に登場する「倭の女王」を神功皇后に相当すると考えて、「神功皇后紀」の記事の中に割書き(分註)の形で引用を行っていることである。これについては、もとから記されていたのではなくて、後世の人が書きこんだのだという説もあるようであるが、著者は中世の写本にすでにこの記事があることから、これらは当初からの記事で、「分註によって中国史書との対応関係を表示した」(41ページ)と考えている。この他にも、「神功皇后紀」には歴史記録を取り込んで構成された部分があり、石上神宮に伝わる七支刀は神功皇后52年に百済王が献じた<七枝刀>と同一視されるが、神功皇后52年は『書紀』の紀年では西暦252年に相当するが、七支刀の銘文からは369年の出来事であると考えられる。「ここでも『日本書紀』の紀年が100年以上(おそらくは干支2巡分の120年)延長されていることが分かる」(42ページ)という。紀年については問題があるにせよ、奈良時代の人々が神功皇后の実在を信じていたといいたいのであろう。
 邪馬台国論争に興味のある方なら(そうでなくても)ご存知だと思うが、「倭の女王」は卑弥呼とその後継者である壹与(あるいは台与)の2人がいて、卑弥呼は247年か248年に没しているので、『魏志』の女王は卑弥呼であるが、『晋起居注』の方は壹与であると考えられる。ただし、そのように考えるようになったのは近年のことだそうである。したがって、『日本書紀』の編纂者がこの問題に気付いていなくても、仕方がないが、現代の読者にとっては気になるところである。

 さらに著者は『風土記』などの地方の伝承に神功皇后の事績が含まれていること、『日本書紀』に登場する神功皇后関連の神社や氏族の実在が考古学的に確認できることなどを取り上げて、「皇室系譜の上で神功皇后が存在したこと」(46ページ)は認めてよいのではないかと論じている。これだけでは何が言いたいのかはっきりしない言い方である。むしろ、『日本書紀』の編纂者たちが神功皇后の実在性を信じていたこと、そのために中国の歴史書に出てくる「倭の女王」と同一視したことをよりはっきりした形で記せば事足りたのではないかと思う。(邪馬台国をめぐる議論の中では、卑弥呼=神功皇后という考えはあまり取り上げられてこなかったように思うが、それがなぜかというのも興味ある問題である。)

 司馬遷は黄帝に始まる五帝からその<本紀>を書きはじめた。その前に三皇の時代があったという伝承は信じなかったのである。そこに彼の歴史的な批判精神を見ることができる。今日の歴史家たちは五帝、あるいは夏の時代というのを否定する(中国の歴史家たちは夏が実在するという考えが好きなようである)が、だからと言って、司馬遷の業績を否定するというわけではない。遠藤さんの「神功皇后紀」をめぐる議論は、どうも要点を外したりして、空回りしているような気がしてならないが、だからと言ってこの書物が読むに値しないものだということにはならない。
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