『太平記』(94)

3月12日(土)曇り

 元弘3年(1333年)5月12日、六波羅探題滅亡の報せを受けた船上山の後醍醐天皇は5月23日に上洛の途につかれた。都から天皇の御供をしてきた貴族だけでなく、名和長年を始めとする山陰地方の武士たちが隊列を固め、前年の3月に都から隠岐へと護送されたときとは打って変わって、勢い盛んな様子である。

 5月27日、後醍醐天皇は播磨国の(現在の兵庫県姫路市にある)書写山円教寺に立ち寄られ、かねてからの参詣の願いを果たされた。諸堂をめぐられた後に、この寺の開山である平安時代中期の有名な法華経行者・性空上人の肖像を祀る堂である御影堂を訪ねられ、この堂を開かせて御覧になると、さまざまな由緒あり気なものが出てきたので、それらを寺の長老にどのようなものか説明させた。『太平記』の作者は性空上人ゆかりだとされる経典や遺品についての来歴についての説明を書きとどめている。それらは上人の超人的な霊力を物語るものとして説話としては面白いが、ここで詳しく紹介するほどの価値がないと思われるので、省略する。とにかく、後醍醐天皇はこの説明を聞いて感心され、円教寺に近い荘園を法華経を書写する費用を賄うための所領として寄進された。

 28日には(現在の兵庫県加西市坂本町にある)法華山一乗寺に立ち寄られ、寺の諸堂を巡拝された。この後、道を急がれて、30日には兵庫(神戸市兵庫区)にある禅寺の福厳寺に滞在された。この時、赤松入道父子4人(円心と範資・貞範・則祐)が500騎を率いて天皇のもとに駆けつけた。天皇はご機嫌麗しく、天下統一の功績は、赤松一族が大いに力を用いた忠義の戦いにある。おのおのの望みに任せて恩賞を取らせるつもりであると仰せられた。そして行在所である福厳寺の門を警固させた。

 ここに1日ご逗留あって、都に戻られるための行列を整えられていたところ、その日の正午ごろに、通行手形を首にかけた早馬2騎が門前まで乗り付けて、寺の庭に急を告げる文書を捧げだした。天皇の側近にいた貴族たちが驚いて、急いでこの書状を見ると、新田義貞のもとからの、北条高時らの一族を滅ぼし、東国は既に平定されたという知らせである。
 両六波羅を滅ぼしたものの、鎌倉幕府の本拠である関東を攻略するのは難しいのではないかと天皇はお考えになっていたところ、この知らせが届いたので、大いに喜ばれた。そして使いの者に恩賞を取らせた。

 兵庫に3日間逗留されて、6月2日に出発されようとしたところ、楠多門兵衛正成が3千余騎を率いて天皇のもとに参じた。その様子は堂々として立派に見えた。天皇は御簾を高く巻かせ、正成を近くに召されて、「大義早速の功、ひとへに汝が忠戦にあり」(第2分冊、178ページ、朝敵=幕府を速やかに滅ぼした功績は、ひとえに汝の忠義の戦いにある)と、お褒めの言葉をかけられたのに対し、正成は飽くまでも謙虚に天皇の徳のしからしむるところであり、自分の功績はわずかなものであると答えたのであった。

 兵庫を出発されるときから、天皇の行列の先頭には正成の率いる武士たちが進み、全体の隊列は整然と都に向かった。こうして6月5日の夕刻には京都の東寺(正しくは教王護国寺で、現在の京都市南区九条町にある)に到着した。武士だけでなく、貴族たちも集まってきたので、大変な人数になった。

 東寺に1日ご逗留あって、6月6日、二条内裏へと還幸された。その日、臨時の宣下があり、足利高氏が治部卿に、その弟直義が左馬頭に任じられた。(なお、江本好一『源義朝を祀る サバ神社 その謎に迫る』という本によると、源氏の一門で左馬頭に任じられたのは、義家と義朝の2人であるから、これはかなりの厚遇である。) 

 天皇の輿の前で警護に当たったのは、頭中将である千種忠顕であるが、まだまだ油断はできないと警備を固める。貴族たちの列の後に高氏と直義の兄弟が騎馬で武装して付き従った。その後に宮方で功績を挙げた楠正成、名和長年、赤松円心、結城親光、塩冶高貞らがそれぞれの配下の武士たちを引き連れて、しずかに行進した。都の道筋には見物人が集まって、天皇の徳を大いにたたえたのであった。

 『太平記』は基本的に武士の立場から書かれているから、行列についても武士の存在を強調して記述しているが、『増鏡』は貴族の動きについて詳しく記しているので、両者を合わせて読むと余計に面白い。貴族と武士とが同じ隊列にならんで、行進しているが、このような共存状態がどこまで続くだろうか。この点では『増鏡』のほうが厳しい見方をしているように思われる。また、『太平記』第4巻の後醍醐天皇が鎌倉幕府によって隠岐の島に配流になるくだりを改めて読み直してみるのもよいかもしれない。 
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