ジェイン・オースティン『分別と多感』

3月8日(火)曇り後晴れ、温暖

 ジェイン・オースティン『分別と多感』(ちくま文庫)を読み直し終える。

 19世紀の初めごろ、イングランド南東部のサセックス地方に住む大地主であるダッシュウッド家を受け継いだヘンリー・ダッシュウッドが世を去り、その財産の大部分は彼の先妻の息子であるジョンと、そのまた息子であるハリーが相続することになった。ジョンと、その妻のファニーは裕福であったが、冷酷で、それまでノーランド屋敷と呼ばれるダッシュウッド家の邸宅で暮らしていたヘンリーの妻と3人の娘たちは、自分たちが相続したごくささやかな財産とともに、別の場所で暮らすことになった。

 折よく、ダッシュウッド夫人の従弟で(イングランド南西部の)デヴォンシャーに住むサー・ジョン・ミドルトンが自分の所有する家の1つであるバートン・コテッジを貸すと申し出てきた。意地悪な義理の息子夫婦から離れて暮らす喜びのほうが、住み慣れた邸を後にする悲しみに勝って、夫人と3人の娘、19歳のエリナー、16/7歳のマリアン、13歳のマーガレットの3人の娘はデヴォンシャーに旅立つ。そしてサー・ジョンに温かく迎えられる。(「サー」というのは従男爵、あるいはナイト爵をもつ男性のタイトルであり、たぶん、サー・ジョンは従男爵であろう。)

 バートン・コテッジに落ち着いた一家は、サー・ジョンのもとで、その妻のミドルトン夫人、彼女の母親で世話好きのジェニングズ夫人、サー・ジョンの親友でドーセットシャーのデラフォード邸の当主であるブランドン大佐と出会う。35歳になるのに独身のブランドン大佐は、無口であるが思慮深そうな人物で、どこか寂しげであるが、彼はマリアンの姿を見、その歌とピアノを聞いて、彼女に魅力を感じた様子である。

 ある日、マリアンとマーガレットは散歩に出かけるが、天候が急変して雨に出会い、山の斜面を駆け下りていく途中でマリアンが転んで、立ち上がれないほどのけがをする。狩猟のために近くにいた若い紳士が彼女を抱きかかえてバートン・コテッジに運ぶ。紳士はウィロビーという名で、近くのアレナム・コートという邸に滞在中であるという。ウィロビーとマリアンは趣味の点で一致することが多く、二人の仲はたちまち接近するが、2人が確実に結婚の約束をしたように思えないことをエリナーは心配する。
 エリナーは、ノーランド邸で暮らしていたときに、ファニーの弟であるエドワード・フェラーズという頭も気立てもいいが、内気であまり野心をもっていない青年と恋仲になっていた。エドワードの母フェラーズ夫人とファニーは、エドワードが出世すること、金持で身分の高い女性と結婚することを夢見ていて、いつもエドワードには失望している。そしてエリナーとエドワードの結婚には大反対である。そのエドワードが、バートン・コテッジを訪問するが、どうも元気のない様子で、その態度は謎めいている。・・・

 この後、さらに新しい登場人物が出現し、人間関係が入り乱れてさらに複雑になり、誰と誰とが結婚するのか最後まで目が離せなくなる。以前、この作品の映画化である『いつか晴れた日に』をテレビの放送で見たことがあったが、あらすじが複雑すぎて、何が何だかわからなかったという記憶がある。この物語の理解に関しては、ページをめくり直して、あらすじや人間関係を再確認できる本のほうが便利である。

 原題はSense and SensibilityでSenseという語と、そこから派生したSensibilityという語が持つ意味を、2人の姉妹の性格と重ね合わせている。Senseには①感じ、②物事を認識する感覚、③思慮、分別、才覚という意味があり、冷静で慎重な長女エリナーの事態に理性的に対処する姿勢は、③の意味でのSenseを体現し、Sensibilityは①感覚、感情、感性、②芸術的な感受性であり、情熱的で思ったままに行動し、ロマン派の文学や音楽を愛する次女マリアンの性格を要約するのにふさわしい語であろう。『分別と多感』(姉=分別、妹=多感)という訳だと、「違うけれども、同じ根をもち、似たところもある」という2人を十分に表現できないのが残念である。
 この2人の姉妹は、時に意見が対立したりするが、だいたいにおいて仲がよく、それにはエリナーの自制的な性格が大いに貢献しているようにも思われる。翻訳者も書いているが、マリアンの方が読者の人気があるようであるが、作者であるオースティンはエリナーの方に多く共感を寄せているような気がする。

 『説きふせられて』について書いた時にも触れたが、オースティンの小説は、彼女の時代の主な出来事(例えば産業革命)を無視して(さすがに第二次エンクロージャー運動は出てくる)、地方(とロンドン)の上流階級(と言っても、その中では下の方の地主たち)の生活ぶりを細かく書いていくところに特徴があるが、時代性を強調していないことのために、物語の中のロマンスの進展が現代の読者にとっても身近なものに感じられるのではないかと思われる。小説の中で何度か言及されているデヴォンシャーの都市エクスターには出かけたことがあり、イングランド南部の風光を思い出して、懐かしく読むことができた。
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