『あした晴れるか』

2月20日(日)晴れ

 神保町シアターで「恋する女優芦川いづみ アンコール」特集上映の中の、『あした晴れるか』(1960、日活、、中平康監督)と『日本列島』(1965、日活、熊井啓監督)を見る。今回は『あした晴れるか』を取り上げる。『東京新聞』に連載された菊村到の小説を原作として、池田一朗と中平康が脚本を書いている。カタカナ言葉がふんだんに出てくる芦川の台詞など、モダニストとして名をはせた中平の才気が盛り込まれた風俗喜劇である。もっとも、映画が終わった後で若い観客から21世紀の映画ではないね、という評価が聞かれたが、東京タワーが最新の風俗で、都電やオート三輪が走っている東京の街は、今や懐かしの風景になってしまっていることも確かである。その当時最新であったものが、最新であったが故に郷愁の対象となるという逆説も幾分かは感じられる。

 青果市場で働きながら、カメラマンとして頭角を現しつつある青年三杉耕平(裕次郎)がさくらフィルムの宣伝部長の宇野(西村晃)の抜擢を受けて、”東京探検”というテーマでの写真を依頼される。それぞれの写真がスポンサーとなる会社の宣伝用に使われるという約束で、”探検”のサポート役として、宣伝部の社員である八巻みはる(芦川いづみ)という黒メガネのインテリ女性がついてくることになる。この2人組は、本来仕事の相棒というだけの関係なのだが、周囲が恋人同士だろうと勝手に推測したり、本人同士もその気になったり、喧嘩したり…という中で、仕事を進めていくことになる。

 打ち合わせに出かける途中で、ネクタイを万引きした男とぶつかったことから、彼を追いかけていた店員梶原セツ子(中原早苗)に犯人と間違われてひと悶着がある。打ち合わせのあとで、宣伝部長と飲みに出かけると、そのセツ子が今度はバーのホステスとして現れるという都合のいい展開である。耕平はみはると飲み歩いた末に、彼女の家に泊まることになる。みはるには大学の数学の先生をしている父親(信欣三)、母親(高野由美、『風船』、『あいつと私』でも芦川いづみの母親役であった)、書道教室で教えている姉のしのぶ(渡辺美佐子)、実は弟ではなく従弟で、大学生だが大学には出かけずに、家にもよりつかなくなっている不良じみた弟の昌一(杉山俊夫)がいる。耕平とみはるが飲み歩いているうちに、すでに昌一とは出会っている。耕平はしのぶが断りたい求婚者を欺くためのにせの恋人役を引き受けさせられたり、昌一のトラブルに巻き込まれたりしながら、みはるとともにあちこちの取材を続ける。世間は狭いのであろうか、あちこちで、人間関係がつながっていく。ところが、耕平のとった一枚の写真、それはセツ子の父親である清作(東野英治郎)を写したものであったのだが、思わぬ波紋を広げていく…。

 この時期の日活映画では芦川いづみと中原早苗がヒーローの争奪戦を展開する作品が多く、今回の特集上映でも取り上げられている(当ブログでも取り上げた)『喧嘩太郎』、『堂堂たる人生』などもその例である。単に、恋敵という存在だけでなく、中原が出てくることで、映画のストーリーが動くという場合が多いが、今回も、セツ子の父親である清作が今は、花屋をしているが、もともとはばくち打ちで、出入りの際にけがをさせた昔の敵根津(安倍徹)が、刑期を終えて出所してきたことから騒動が起きるのである。
 
 耕平がとる写真は、必ずしも協賛企業の求めるものではなかったように思われるのだが、それでも成功していくという物語になっている。それが時代の勢いというものであったのだろうか。時代と言えば、映画の中で実在の企業名がポンポン出てきて、これでいいのかと思わせる。今だったら、クレジット・タイトルに協賛企業として長々と企業名が並ぶところである。
 中平康は助監督時代に、その有能さで知られ、さらにこの映画で助監督を務めている西村昭五郎は、その後、監督に昇格してから会社の要求に応えながら様々な映画を作った器用人である。主人公とヒロインとが東京のあちこちを歩いて、さまざまな現場を取材する。そういう映画に使えそうな現場を見つけて、撮影の段取りをつけていくのも助監督の仕事であり、この映画は、助監督としての腕の振るいどころがあちこちにある映画だともいえる。それ以上に、昌平が働いているボーリング場の場面など、この時代、オートメーションが進んでいなかったので、その限りでいくらでも仕事があったことが分かる。

 菊村の原作小説は、新聞連載当時読んでいた記憶はあるが、何せ、こちらがまだまだ子どもだったので、断片的な場面の記憶があるだけである。それでも、映画は原作に忠実にというよりも、映画として面白そうなところだけを抜き出し、強調してつくっているということはわかる。原作ではセツ子はダイスのセツ子とあだ名されていて、個性的な存在として描かれてはいるが、みはるの恋敵という役どころではなかったように記憶する。セツ子の役を中原早苗に割り当てることで、原作とはまた別の個性が生まれている。登場人物の大半は類型化されているのだが、それでも映画は全体として1960年頃の日本社会の活気とも元気ともいえる「空気」をそれなりにとらえた作品として、その価値を認めていいように思う。

 この時代、才気に満ちた作品を作り続けていた中平がその後、日本映画の停滞と軌を一にするか゚のように、不振を続けたまま世を去ってしまったのは残念なことである(新藤兼人が脚本を書いた『混血児リカ』など、私は面白いと思ったのだが、当時の評判は悪かった)。表面的な風俗を追うことには長けていても、より本質的な時代の精神をつかむことができなかったことが原因なのか、それとも、日活の女優さんたちから総スカンを食ったというような人間掌握術の拙さが問題なのか、そういったことは今後さらに彼の作品を見ながら考えていきたいところである。

 今回の映画鑑賞について、事前に連絡のコメントがあれば、映画鑑賞後に直接感想を語り合うべく、こちらからも連絡するつもりだったのだが、残念ながらそういう連絡はいただけなかった。また、同じようなことを考えることもあろうかと思うので、その時はよろしくお願いしたい。
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