白井恭弘『言葉の力学―応用言語学への招待』

3月29日(金)晴れ後曇り

 応用言語学は、従来外国語教育をその主要な対象としてきたが、最近では現実社会の問題解決に直接貢献することを目的とするようになってきている。この書物は、応用言語学が対象とするさまざまな問題を紹介し、その具体的な事例を通して全体像を示そうとするものである。その中で特に言語と権力の関係に焦点が当てられ、書物の題名にもそのことが示されている。

 第Ⅰ部は「多言語状況」として、言語と言語の間の力関係から来る、様々な問題を取り上げている。まず取り上げられるのは「標準語」と「方言」の関係である。ここでは、①言語と方言の区別は厳密にはつけにくい。②すべての言語(変種)は平等である。③言語・方言に与えられる価値は、言語以外の、政治、経済、文化などの理由で決まる。④どの方言、変種を使うかは、状況によって変化する。⑤人間は無意識のうちに言語、またその言語を話す人に対して、肯定的、否定的などの印象をもつ。(22ページ) 以上5つのポイントが示されている。言語によって「標準語」と「方言」の力関係は違うということで、この書物では日本と、アメリカの例がいくつか紹介されている。著者はイギリスについても言及しているが、そもそも英語のdialectと日本語の「方言」は意味の違いがあり、前者が社会階層や学歴による言語の違いについても含んでいる(著者は『マイ・フェア・レディ』について触れているからこのことを知っているはずである)のに対して、後者ではそうでもないことを説明しておいてほしかった。157ページにビートルズとリヴァプール方言の話が出てくるが、リヴァプール方言(Scouse)は単に地域的なものではなくて、社会階級や歴史的な背景をもつものであることが重要である。ついでに言えば、リヴァプールの本屋に入ると、The Last Tram to Lime Street Station(だったかな)というような方言で書かれた地方読者向けの本が売られていて、こういうことは日本ではない(こちらが知らないだけのことかもしれない)と思ったのを覚えている。要するにイギリス英語の場合、Dialectの力が強いと思うのである。もっとも日本でも方言による放送があったりするようであるから、私の観察も独断的なのかもしれない。

 また国家と言語をめぐっては、言語政策の重要性、日本におけるモノリンガル主義の根強さが指摘され、言語政策には言語習得の理論が必要であると説かれている。これと対になるのが、バイリンガルの問題で、日本では英語以外の言語とのバイリンガルが軽視される傾向について述べるだけでなく、モノリンガルにこだわることの不当性が説明されている。この問題については教えられる点が多かった。

 外国語教育をめぐっては外国語教育がその言語を話す人々に対する好意的な反応をもたらすことが指摘されているが、そうなると英語の場合、いろいろな人が英語を話していること、色々な英語があることの教育がますます必要になっているはずである(この点についても触れられている)。手話についてはあまりしっかりした知識がなかったので、教えられる点が多かった。

 第Ⅱ部は「社会の中の言語」として、言語と文化、無意識への働きかけ、法と言語、言語障害、言語情報処理はどこまで来たかなどの問題について論じられている。

 多くの問題が日本とアメリカの大学で教えてきた著者の経験を踏まえて取り組まれており、その限りで分かりやすく説得力に富むが、それぞれの問題を個別に詳しく見て行くと問題がないわけではなさそうである。日本語と英語が主に取り上げられていて、読者の言語についての知識を考えると当然のことではあるが、世の中にはもっと多様な例があることにも目を向けさせる工夫も必要であろう。あとがきで、「本書についても鵜呑みにせず、批判的に読んでもらえればと思います」(197ページ)と書いているが、この発言には敬意を払いたいと思う。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR