ダンテ・アリギエリ『神曲 煉獄篇』(23-2)

2月17日(水)晴れたり曇ったり

 ダンテは地獄から彼を導いてきたウェルギリウス、煉獄で現世における罪を浄めて天国に向かおうとする途中、第5環道で2人に合流し、ウェルギリウスへの尊敬の念から2人とともに歩もうとするローマ白銀時代の詩人スタティウスとともに、煉獄の第6環道へと達した。ここでは飽食の罪が贖われている。そこで、ダンテはフィレンツェ市の有力者の一族の一員で、旧知のフォレーゼの霊に出会う。

 ダンテはフォレーゼに向かって、力が尽きて、罪を犯すこともできなくなった死に際になって悔悛し、神と和解したはずの彼が、死んでからまだ5年もたっていないのに、煉獄の上の方まで進むことができたのはなぜかと尋ねる。1000年以上も昔の人間であるスタティウスがやっと天国に向かおうとしているのであるから、これは不思議である。
「・・・
どうやってすぐにこれほどの上へ来た。
俺はもっと下でおまえに会うと思っていた。
時が時でもって償われている場所で」。
(344ページ)

 するとフォレーゼは、寡婦となった彼の妻ネッラが夫の死後もなお貞潔を捧げつづけ、恥じらいや慎ましさを忘れない生活を送りながら、彼の魂のために祈り続けているからであると答える。そして、近い将来に
厚顔無恥なフィレンツェの女達に対し
乳房も露(あらわ)にした胸を見せて歩くことへの禁令が下されるであろう。
(345ページ) このような禁令がダンテの時代に下されたことは、歴史的な事実としては確認されていないと傍注に記されている。オランダの歴史学者であるホイジンガが『中世の秋』で書いているように、中世の終わりごろの時代は、一方でこのように女性が自分の体を露出することを恥じない時代でもあった。この箇所をめぐって、あるいはダンテが、政変によって人心が一新されることを暗に示しているのではないかという解釈もあるようである。

肌を隠して道を行かせるために、
教令や罰則などを必要とする、
そんな蕃夷の女たちが、そんなサラセンの女達がいたか。
(346ページ) ここではフィレンツェの女性たちの放恣を、サラセン(=イスラーム世界)の女性たちにたとえているのだが、これはダンテがイスラーム世界の女性の姿を知らなかったことを示している。自分たちの髪や肌をスカーフや衣服で隠しているイスラームの女性たちは、肌を思いきり露出した中世ヨーロッパの女性たちとは対照的である。自分たちの姿を隠すから、そこで女性たちの姿は神秘的に映る。文学史家によると、この『神曲』にはイスラーム世界における恋愛詩の影響がみられるということなので、ダンテは自分の文学史的な位置がどのようなものかを考えずに、好き勝手なことを書いているといわれても仕方がなさそうである。

 そして、今度はフォレーゼがダンテに、なぜまだ生きているのに死後の世界である煉獄に来ているのか、また導き手である2人は何者であるのかを尋ねる。ダンテは、自分の若いころの友人であるフォレーゼに対して、2人がお互いを嘲笑する詩を交換していたころのことを思い出し、それが自分たちの罪のはじまりであったが、迷いのなかに落ち込んだ彼をウェルギリウスが救い出したのだという。そしてもう1人の同行者は、天国へと向かっているスタティウスであると答える。このような会話を交わしながら、ダンテの一行は先へと進んでゆく。ここでは、詩人として神の意思を人々に伝えるのではなく、政治闘争に没頭してしまった、ダンテの過去の生き方への反省が述べられていると翻訳者は考えている。
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