『青年の椅子』、『喧嘩太郎』

2月14日(日)朝のうちは風雨が強く、その後、晴れ間が広がる。気温が上がる。

 神保町シアターで「恋する女優芦川いづみ アンコール」特集上映の中の2編、『青年の椅子』(1962、西川克己監督作品)、『喧嘩太郎』(1960、舛田利雄監督作品)を見る。ともに源氏鶏太の原作で、石原裕次郎の扮する正義派の若手サラリーマンが活躍する。両作品で、主人公の恋人役を演じているのが芦川いづみで、『青年の椅子』では同じ会社のタイピスト、『喧嘩太郎』では婦人警官という設定である。私が中学・高校生時代につくられた映画であるが、見るのは初めてである。ただ映画の内容については多少の予備知識があった。神保町シアターのチラシの『喧嘩太郎』の紹介文の中に「こんな人に捕まりたい、麗しい婦警姿の芦川にうっとり」とあるが、サラリーマンと婦人警官の恋というのはちょっと異色で、どんな物語の展開になるのかという点に興味があった。

 『青年の椅子』は日東電機という会社の九州の支社から本社勤務になった高坂虎彦(裕次郎)という青年社員が、営業部長の湯浅(宇野重吉)の推薦で、会社が取引先を招いて行う宴会の接待要員の1人に選ばれる。そこで、会社の2大取引先の一方の矢部商会の社長の娘である矢部美沙子(水谷良重、現在の八重子)、彼女に付き添ってきた矢部商会の社員木瀬恒夫(山田吾一)と知り合う。美沙子は会社の専務である田崎(高橋昌也)との結婚を勧められているが、気が進まず、むしろ高坂の方に魅力を感じる。高坂の同僚であり、乗り物に弱いという彼の特徴を知ってなにくれとなく面倒を見るタイピストの伊関十三子(芦川いづみ)は美沙子と同級生で、お互いに打ち解けて話ができる仲である。
 高坂は宴会の席で、会社のもう一方の主な取引先の畑田社長(東野英治郎)とトラブルを起こしてしまうが、その後、浴場で出会った時に意気投合する。
 映画の冒頭で日東電機の社長(大森義夫)が会社の業績が悪化しているので、創業20周年の行事を契機として業績の回復を図れと重役たちに指示するが、常務(芦田伸介)が部課長に対して行う指示、菱山総務部長(滝沢修)が接待要員に選ばれた社員たちに与える指示とだんだん、危機感が薄れていくのが会社という組織についての見方を示していて、おもしろい。ただ、映画を最後までみても、20周年の行事までたどり着かないのが、脚本の問題点である。
 会社の主導権をめぐって、菱山総務部長と湯浅営業部長の間に対立があり、菱山は自分が営業部長になって取引先からリベートを取って一稼ぎしようと、矢部商会の田崎と交渉を続けている。田崎は銀座のバーのマダム(楠侑子)と懇ろの仲で、開業資金は彼が出しているらしい。十三子が婚約している営業部の大崎(藤村有弘)は、営業部員であるが、菱山総務部長に取り入って出世しようと画策している。高坂の同僚で、勤務年数が長いわりにうだつが上がらない岡谷(谷村昌彦)が矢部商会からリベートを受け取ったとして、辞表を提出させられる。さらに湯浅も会社を去ることになる。この裏には何かありそうだと、高坂は、畑田社長の支援を受け、木瀬と協力して真相を突き止めようとする。
 高坂と木瀬が会って話をするバーのマダム(武智豊子)が、若いホステス(安田千永子)に向かって、高坂や木瀬は、その若いホステスが店をもつようになる時には課長になっているだろうから、今のうちに大事にしておくんだよと言い聞かせる場面があり、1960年代はそういう未来についての見方ができる時代だったのだなと思ったりした。実はこのホステスが菱山と田崎が会っているバーをやめてやってきたというところから、物語は急展開しはじめる。

 『喧嘩太郎』は、そのようにあだ名される第百商事という会社の青年社員宇野太郎(裕次郎)が、ボクシングの試合を見に出かけて近くにいた愚連隊に絡まれている子ども連れの男性を助けるが、その男性が自分の会社のライバル会社である東洋物産の社長・岩下隆介(三津田健)であることから、社長の令嬢である秀子(中原早苗)に見初められる。第百商事の社長や重役たちはこのことを利用して、ライバル会社の秘密を探りだすという任務を太郎に授ける。第百商事は日本の戦後賠償に絡む事業の受注をめぐり東洋物産と競合しているのだが、社長の早田(嵯峨善兵)、大竹部長(芦田伸介)たちは必要以上の大儲けを企んで、国会議員や官僚と密議を進めているらしく、太郎の直属の上司である北浦課長(東野英治郎)はそれを思いとどまるように諫言を続け、それが受け入れられないまま定年退職してしまう。
 太郎はというと、秀子よりも、ボクシングの試合の乱闘の後で、警察で事情聴取を受けた際に、調書を書いていた若い婦人警官の深沢雪江(芦川いづみ)の方に魅力を感じていて、そこで話がもつれるのだが、第百商事のやっていることについては警察も注目していて、雪江に太郎と近づくことで、事件の真相を探る任務を与えているという事情もある。

 『青年の椅子』の方は、主人公の会社の中の内紛が勧善懲悪的に描かれているのだが、『喧嘩太郎』は主人公の会社の上層部の腐敗が問題にされているというところがちょっと珍しい。原作を読んではいないのだが、舛田利雄の演出はかなり大胆である。太郎だけでなく、彼の同僚たちを含めて、社会のあり方や会社の現状について不満や怒りを感じており、そのことが映画の中でかなりストレートに表現されているところに、この映画が作られた1960年という年が反映されているとみるべきであろう。映画の中には街頭デモの場面も登場する。太郎は最初、北浦に対して反感をもっているのだが、次第に彼もまた正義感を共有する人物であることが分かって、近づきはじめる。最後には国会での委員会の様子が描写されるなど、物語はアクションとロマンスだけでなく、政治的・社会的な性格ももっている。定年退職した北浦課長が、元部下の太郎には出世して思い通りになる生き方をさせてやりたいので、そのために身を引いて、社長令嬢との結婚を実現させてくれないかと雪江に頼む場面や、それに対する雪江の答など、娯楽作品ではあるが、観客に自分のものの見方の再検討を迫るような要素があることも否定できない。

 裕次郎の主演するアクション・ロマンスには相手役以外に、主人公に恋心を抱く女性が登場することが多いが、『青年の椅子』では水谷良重、『喧嘩太郎』では中原早苗が、それぞれ役柄としては社長令嬢と同じ役柄で登場している。水谷はこの時期には映画出演が多かったが、その後は舞台を主に活躍するようになる。まだ私が大学に入って間もないころ、新派の舞台を見る機会があって、その時に1度だけ実物にお目にかかっている(先代の水谷、花柳章太郎、森雅之なども見た)が、華やかな雰囲気があって、観客から盛んに拍手を浴びていたことを思い出す。この映画でもいかにも社長令嬢らしい雰囲気が感じられる。他方、中原早苗はこの作品では社長令嬢であるが、この特集上映の上映作の1本である『堂堂たる人生』では裕次郎を追いかけ回すホステスの役で、そういう芸の幅の広さが持ち味である。小林旭の『渡り鳥シリーズ』でも、主人公を追いかける女性で登場することが多く、中原が登場すると、物語が動きだすという場合が多いので、貴重な女優であったと思う。あらためて彼女の冥福を祈りたい。そういえば、『喧嘩太郎』で裕次郎が芦川いづみを誘って「西部劇」を見る場面があるが、この映画が「西部劇」ではなくて、和製ウェスタンの『渡り鳥シリーズ』であり、小林旭と宍戸錠の姿が映っていたので、おかしくて仕方なかった。これは一種のご愛嬌であろう。このほか、両作品を通じて、宇野重吉、滝沢修、東野英治郎、三津田健、芦田伸介といった新劇畑の俳優が多く登場して、画面に厚みを加えていることも見どころの一つだろうと思う。

 「恋する女優 芦川いづみ アンコール」は、2月19日までがここに紹介した2作品と『堂堂たる人生』、『祈るひと』を上映し、2月20日~26日までは『日本列島』、『無法一代』、『霧笛が俺を呼んでいる』、『あした晴れるか』を上映する。今のところ、『日本列島』と『あした晴れるか』を見に出かけるつもりである。芦川いづみの女優としての魅力と実力とを再確認するだけでなく、1950年代の終わりから1960年代にかけて、日活映画が見せた様々な様相と魅力を発掘する楽しみも味わいたいと思う。
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