Re:Life~リライフ~

2月9日(火)晴れ

 横浜シネマ・ジャックで『Re:Life~リライフ~』を見る。原題は”The Rewrite"で「書きなおし」ということ、実在するアメリカの大学が舞台になっているが、物語は飽くまで架空のものであると断り書きがされている。

 アカデミー賞の脚本賞を受賞したものの、その後15年にわたりヒット作に恵まれず、妻には逃げられ、一人息子とも会えなくなっている脚本家のキースマイケルズ(ヒュー・グラント)は、他に仕事がないので、エージェントからニューヨーク州のビンガムトンの大学で脚本の書き方を教えてくれる作家を探しているという話に飛びつき、ほぼ毎日晴れているロサンジェルスから、曇りや雨の日が多いビンガムトンへと飛行機を乗り継いでやってくる。

 夕食に出かけた店で自分が教えることになった大学の美人女子学生3人に出会い、まだ自分の名声が通用するといい気になってはめを外した翌朝、自分の隣にはそのうちの1人であるカレン(ベラ・ヒースコート)が寝ていた。学科長のラーナー(J.K.シモンズ)から受講希望者70人が書いた脚本を渡され、すべてを読んだうえでその中から受講者10人を選ぶようにと言われるのだが、そんな面倒なことは御免とばかり、大学のウェブサイトから学生たちの情報を見て、美人の女子学生ばかりを選ぶ(申し訳に、2人の男子学生を選ぶが、この2人がその後の物語の進展に大きくかかわることになる)。

 懇親会の席ではジェーン・オースティンの研究で有名な学者である女性教授ウェルドン(アリソン・ジャネイ)と事を構え(彼女は大学の倫理委員長なので、それが後で尾を引くことになる)、第1回の授業では、提出した脚本の続編を1か月後までに書き終えるように言い渡して、それまでは休講にするといい放つなど、勝手放題にふるまうのだが、学科長や同僚の助言もあって、とにかく授業に取り組むことになる。無理に押しかけて11人目の受講者となったホリー(マリサ・トメイ)は、もともとブロードウェイでダンサーをしていた経歴の持ち主で年配であり、しかも2人の娘をもつシングル・マザーであるが、その経験を生かして、授業の方向性にかかわる助言をしながら、キースのやる気を引き出していく。物語をなぜ書こうとするのか、主人公、登場人物、それらをどのように生かしていくのか、自分の経験を交えながら、キースは語り、そこから受講者たちの意識が変わり、彼らの書いている脚本も書き直され、改善されていく。

 特にクレムという神経質そうな男子学生の書いている脚本がすぐれた出来栄えで、キースはエージェントと連絡を取って、その作品をハリウッドの制作者たちに紹介する。その一方で、もう1人の男子学生は『スター・ウォーズ』に入れあげていて、そこからどのように自分の世界を造り上げるようになるのかのかじ取りがなかなか難しい。他方、カレンとキースとの関係があからさまにされ、キースは辞職するか、倫理委員会で審査を受けなければならないことになる…。『スター・ウォーズ』の学生は、入るべきか否かを考えていたサークルに入るのだが…。

 キースははじめ、脚本書きは天賦の才能で、努力は関係ないといってホリーと対立するが、自分の指導の結果、学生たちが腕を上げているのを見て、次第に考えを変え、またホリーに惹かれはじめる。確かにピカ一の学生であるクレムは才能があるのかもしれないが、他の学生も捨てたものではない…。

 この映画はもともと大学の教師をするつもりがなかったキースの変貌の話であり、もう一方では伝統的な文学についての考え方を教育の場で展開しつづけ、大衆の文化について全く理解を示さないウェルドンのような先生方と、より革新的なプログラムの必要性を考える人々との対立の物語であるようにも思われる。そういうことから、昨日の当ブログでも書いた、アメリカの大学がどのような存在であり、何を目指して若者たち(中年以上の男女たち)を教育しているのかについて、潮木守一さんが書いているのとは少し違う結論を示しているように思われる。
 潮木さんの著書は、ほとんど有名私立大学の改革についてのみ触れていて、しかも有名私立大学でもスタンフォード大学の成立とその発展については触れていないなど、かなりの偏りのある内容であった。この映画は、ニューヨーク州に実在する州立(ということは公立ということになる)を舞台に選び、それほど有名ではないし、ひょっとして経営もそれほど簡単ではないかもしれないような大学のもっている教育的な可能性を示している。念の入っていることに、キースの疎遠になっている息子はスタンフォード大学に入学したという設定である。その意味で、潮木さんの著書がいいのがしたこと、あるいは見逃したことを映像の中で語っているのである(もっとも別の著書で潮木さんがスタンフォード大学の設立の状況についても語っていることを書き加えておかないと、公正さを欠くことになるだろう)。それやこれやの問題はさておいても、ビンガムトン大学という、日本ではほとんど無名の公立大学がいかに優れた施設をもっているか、ということを映画の中で実際に見るだけでも、この映画の価値はあると考えるべきである。繰り返しになるかもしれないが、日本とアメリカの大学の一番大きな違いは、入学者選考のシステムにあるのではなく、ごく単純に大学の財政基盤が豊かであるか否かということにあるのである。
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