田中啓文『鍋奉行犯科帳 お奉行様の土俵入り』

2月3日(水)晴れ

 1月30日、田中啓文『鍋奉行犯科帳 お奉行様の土俵入り』(集英社文庫)、2月2日、田中啓文『鍋奉行犯科帳 浪花の太公望』(集英社文庫)を読みおえる。この作家の作品では『あんだら先生と浪花少女探偵団』(ポプラ文庫)を取り上げたことがある。片方は、江戸時代、もう片方は現代と時代は違うが、大阪が舞台であり、登場人物が遭遇する謎を秘めた事件に絡んで、さまざまな話題が取り上げられ、作者のうんちくが傾けられるというところは共通している。「ごった煮の この大阪が 好きやねん」というもりのぶの川柳に読まれているような、雑然として活気があり、人情にも篤いそんな雰囲気に満ちた作品群である。

 『お奉行様の土俵入り』はシリーズ5冊目、『浪花の太公望』は3冊目、シリーズものの楽しみの1つは、常連となる登場人物が増えたり、彼らの境遇や人間関係が変わったりするのを確認することであり、シリーズものを読む時はできるだけ書かれた順序を追って読むことにしているのだが、探している本が本屋の店頭に並んでいなかったり、並んでいてもこちらの懐具合との折り合いがつかなかったりで、必ずしも思惑通りにはいかない。

 タイトル・ロールの鍋奉行は、大坂西町奉行の大邉久右衛門で、相撲取りと間違えられそうな巨体の持ち主で、大食いの大酒呑み、食べることとなると熱心で、浪花を騒がせている事件などどこ吹く風なのだが、なぜか、食べ物がらみで動き回っているうちに事件を解決してしまう。その配下には定町廻り与力岩亀三郎兵衛と盗賊吟味役与力鶴ヶ岡雅史、さらに若い同心の村越勇太郎がいて、最初のうちはこの奉行の言動にあきれていたが、次第にその良さを理解し、心服するようになっている。しかし一番、この奉行に心酔しているのは、奉行所の料理方をしている源治郎であろう(というのが、この奉行のすべてを物語っている)。他方、貧乏旗本である大邉の家政を切り盛りしている用人の佐々木喜内は、何もかも見通していて、時々厳しいことをいうのだが、やはりこの奉行を信頼しているようである。シリーズは大邉の破天荒な行状と事件解決のあれこれを物語るのだが、物語の軸となるのは若い村越であり、彼が通っている(用務繁忙を理由に足が遠のくことがある)剣術道場のあるじである岩坂三之助の一人娘小糸、村越の母で元は売れっ子の芸者であったすゑ、すゑが目を掛けてる稽古屋の師匠で若い綾音が登場し、小糸と綾音が村越を我がものにしようと競い合う(さらに第三の女性が現われるかもしれない…)。さらに村越の仕事を手伝う役木戸の千三は芝居小屋の木戸番を本業としながら、水茶屋を経営し、戯作者や狂言作者も兼ねるという多才ぶりで、この他にも絵師の鳩好とか、釣り名人の少年三平とか一膳飯屋・業突屋を営む老婆トキとか、それぞれ見逃せない個性や能力をもつ人物たちが登場する。しかも「酒ついであなたはしかしどなたです」(橋本緑雨)というようなつながりから、新たな顔ぶれを加えて、奉行所の人脈はさらなる広がりを見せそうである。佐々木喜内という名が、講談の『大久保彦左衛門』に登場する用人の笹尾喜内を連想させるというような安易な部分もあるにはあるが、それは御愛嬌ということにしておこう。

 『お奉行様の土俵入り』という書名のもとになった短編「餅屋問答」は大坂に本拠を置く貧乏な相撲部屋が蒙っている不当な被害と、それを埋め合わせようとする奉行や村越の努力を描く。餅が好きで、十分に食べられないからと言って部屋を飛び出した若手力士が、結局戻ってきて、大活躍することになる。その力士と奉行が餅の食べ比べをする場面が傑作である。久右衛門が相撲の稽古を熱心に見に出かけるようになったのは、稽古のあとで供される食事が目当てであったという個所も魅力的である(この時代に、まだちゃんこ鍋がなかったことなど、時代考証はしっかりしている)。「もともとこういった手間をかけない、豪快で大ぶりの料理が好みなので、相撲部屋の素朴な献立がどんぴしゃりに合ったのだ。飯もこせこせせず、丼にてんこ盛りによそってあるし、なんと酒までも丼でいただく。」(15ページ) こういう久右衛門の好みが私の好みにもあっていて、そうはいってもこちらは年をとって食べたいものを食べたいだけ食べるというわけにもいかなくなっているので、余計に感情移入しながら読んでいたのであった。
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