古代における歴史記述をめぐって

1月20日(水)晴れ後曇り

 ヨーロッパの「大航海時代」の人々は、人類の歴史を、現在われわれが考えているよりもはるかに短いものだと思っていたので、インドや中国の文明に遭遇して、そこで信じられている歴史が自分たちの歴史よりも長いものであることを知って驚いた。彼らが見出した年代誌の中には、聖書の年代誌よりも古い年代を記すものがあって、彼らの頭を悩ましたのである。

 この場合、一番簡単な態度は、異教の年代誌は虚偽であるとして、切る捨てるというものである。パスカルは「中国の歴史」と題した断章で、「死を顧みぬほどの証人をもつ歴史をしかわたしは信じない」と述べて、神の真理の証人として死んでいった預言者たちや殉教者たちを有しているのは、キリスト教のみであるとの理由から、聖書以外の歴史記述を拒否する態度を示した。

 古代中国における歴史記述をめぐるいくつかの説話を知っている人であれば、パスカルのいっていることが偏見以外の何物ではないと思うはずである。例えば、『春秋左史伝』に記されている大史と南史の説話を取り上げてみたい。
 斉の荘公の6年、権臣崔杼の美貌の妻に横恋慕していた荘公は、欠勤した崔杼の病気見舞いと称して杼の家に押しかけた。そしてその妻女の部屋に入ろうとしたところを従者ともども崔杼の家来に打ち取られた。崔杼が荘公の後釜に自分が懇意にしている景公を擁立すると、斉の大史は簡策に「崔杼、その君を弑す」と書きつけた。(簡策というのは竹の札で、まだ紙が発明されていなかったので、字を書きつけるために使ったのである。) そしてこれに激怒した崔杼に大史が殺されると、その弟が同様に記録して殺され、兄弟3人までもが殺された。しかし4人目の弟が同じように記録すると、さすがの杼もあきらめてそのままにした。この時、大史とは別の歴史記録者の家である南史の当主が、大史一家がすべて殺されたと聞き、簡(かきつけ)を執って駆けつけたが、途中で記録が全うされたことを知り、引き上げたという。(稲葉一郎『中国の歴史思想』39-40ページによる、本来ならば、『春秋左史伝』の本文にあたるべきだったのだが、草している時間がないので、ご容赦ください。) 中国における歴史記録がこのような命がけの営為によって書き継がれてきたことを認識すべきなのである。

 そして東洋の歴史記述の価値を認めることが、ヨーロッパの人々の歴史認識を変える一つのきっかけとなり、そこから啓蒙時代の歴史観が生まれていくのである。

 そうはいっても、『旧約聖書』が神の真理とかいうようなこととは別の、歴史をめぐる赤裸々な記述に満ちていることも見過ごせない。列王記の冒頭、英雄ダビデ王が年老いてヨタヨタになった姿が描かれる。
 ダビデ王は多くの日を重ねて老人になり、衣を何枚着せられても暖まらなかった。そこで家臣たちは、王に言った。「我が主君、王のために若い処女を探して、御そばにはべらせ、お世話させましょう。ふところに抱いてお休みになれば、暖かくなります。」 彼らは美しい娘を求めてイスラエル領内をくまなく探し、シュネム生まれのアビシャグという娘を見つけ、王のもとに連れてきた。この上なく美しいこの娘は王の世話をし、王に仕えたが、王は彼女を知ることがなかった。(「列王記」1.1~4.)
 ダビデ王が老いたのを見て、次男であるアドニアが王になろうとの野心を抱く。しかし、王の周囲の有力者たちは、ダビデの寵妃バト・シェバの子ソロモンの擁立を図る。ソロモンの権力掌握に至る過程は説話としてみれば面白いが、ユダヤ王国にとって決して自慢できるような記述ではない。実際問題として、旧約聖書の別の書である「歴代誌」では、ソロモンはダビデによって後継者に指名されて、何も問題なく即位したように書かれている。(同じことについて、2つ以上の別の書き方がされているのは、聖書では珍しいことではない。ついでに言うとヨセフスの『ユダヤ古代史』では両者を折衷した書き方になっているが、うまくまとめられているとは思えない。とにかく、あまり自慢できるようなことではない権力闘争の様相をそのまま書き記しているところに、古代の記録者たちの良心を感じることができるのである。

 これは15年ほど前に書いた文章を改めて書きなおしたもので、初めに原稿を書いた時点では、「列王記」のこの箇所は同時代、あるいはダビデ、ソロモンの時代の少し後に書かれたものだと考えていたのだが、実際はもっと後になってから書かれたものである可能性が大きいと考えるようになった。それで歴史的な事実という書き方ではなく、説話だというふうに修正を加えているが、そのために論旨がぼやけてしまったかもしれない。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR