ダンテ・アリギエリ『神曲 煉獄篇』(21-2)

1月19日(火)晴れ

 第20歌で煉獄の第5環道を歩んでいたダンテは、自身と煉獄の山全体から湧き上がった歓声に驚き、それがなぜ起きたのかを知りたいと思う。その時、一つの影がダンテとウェルギリウスに追いついた。ダンテが心の中に抱いていた疑問を察したウェルギリウスは、その影に地震と歓声がなぜ起きたのかについて質問する。
 すると影は自身と歓呼の声は、煉獄の魂が償いを終えて天国に向かって歩きはじめたときに起きる現象であり、自分がその天国に向かっている魂なのだと答える。

「・・・
私のことですが、この苦しみに伏して
五百年以上になりました。たった今、
より良き場所への閾をまたぐ自由なる願望を感じました。

それゆえにあなたは地震を感じたのであり、
敬虔な霊たちは全山あげて
かの主に賛美をささげました。あの方が彼らをすぐにも招かれますよう」。
(312ページ) この答えによって、ダンテ(とウェルギリウス)の疑問は解消する。ウェルギリウスは影に向かい、彼が誰であったかを尋ねる。

「優れたるティトゥス帝が、至高の王の
ご加護により、ユダの裏切りから血が流れ出た傷への
正しき復讐を果たした時代、

ひときわ長く廃れず、抜きん出て栄誉をたたえられるその名において、
私は向こうで――その霊は答えた――
名を知られていました。だがまだ信仰を持ってはいませんでした。

我が霊感の歌の響きは素晴らしく甘美であり、
そのため、トローサ出身の私をローマが呼び寄せ、
そこで桂冠により我が額を飾る誉れを受けました。

スタティウス、人々は今でも向こうで私をそう呼びます。
(314ページ) 影はローマの白銀時代の詩人プブリウス・パピニウス・スタティウス((45頃‐96)であると名乗る。「優れたるティトゥス帝」というのはローマ皇帝ティトゥス・フラウィウス・ウェスパシアヌス(39-81、皇帝在位79-81)であり、「ユダの裏切りから・・・正しき復讐」というのは70年におけるローマ軍によるエルサレムの破壊を意味する。ユダヤに対するローマ帝国主義的な侵略行為が、キリスト教的な観点からイエスを処刑したエルサレムへの正義の行使として正当化されている。もっとも、エルサレムを攻略・破壊したのは確かにティトゥスであったが、戦争の総指揮官であったのはティトゥスの父のティトゥス・フラウィウス、サビヌス・ウェスパシアヌス(9-79)であった。彼はネロ死後の内乱を収束させて、帝位について、フラウィウス朝を始めた。ダンテはスタティウスを神の意思を代行してエルサレムを陥落させた皇帝の治政の下で活動したと表現することで、詩の社会的・政治的な責務についての彼の意見を表明しようとしたと考えられる(若干の事実誤認はあったにせよ)。中世には、南フランスのトローサ《トゥールーズ》生まれの同じ名前の詩人と混同されたが、1417年(ということは『神曲』以後)に発見された抒情詩『シルウァエ』によってナポリの生まれであったことがわかった。〔初代のローマ皇帝アウグストゥスは紀元後14年に病死するが、この年から、第16代マルクス・アウレリウス帝の治政の終わる180年までをローマ文学の白銀時代という。それに先立つ「黄金時代」の文学が調和や均斉を重んじたのに対し、白銀時代になると誇張や、理想よりも現実を重視する傾向が強くなるといわれる。〕

 スタティウスは名乗った後に、さらに自分の作品について述べる。彼は古代ギリシアの都市国家の一つであったテーバイ王家の悲劇を歌った叙事詩『テバイデ』を書き、トロイア戦争の英雄アキレウスを歌う叙事詩『アキレイデ』を書きはじめたが、ミカンのうちに世を去ったという。自分の詩業のすべてはウェルギリウスの『アエネーイス』に負うていると、ウェルギリウスへの敬慕の念を口にする。

 これを聞いたウェルギリウスは自分がそのウェルギリウスであることを黙っているようにダンテに目配せしたが、ダンテは我慢できずに表情を緩め、それをいぶかしく思ったスタティウスがダンテを問い詰めたために、ウェルギリウスは問いに答えるように言う。ダンテは、「・・・
我が目を至高に導いているこの方こそ、
かのウェルギリウス、あなたが
人間たちと神々を歌う力を得た、その方です。
・・・」
(318ページ)と、彼の同伴者こそがウェルギリウスであることを告げる。スタティウスは感動から、自分が影の身であることを忘れて同じく影の身であるウェルギリウスを抱きしめようとしてしまった。

 こうして天国に向かう魂であるスタティウスがダンテとウェルギリウスの道行きに加わることになる。3人はすべて詩人であり、地上に平和と正義をもたらすために詩を書こうとした点で共通するが、スタティウスとダンテはキリスト以後の人間であり、ウェルギリウスはそうではない点が異なる。スタティウスがキリスト教信者であったかどうかは不明であり、ウェルギリウスの影響を受けた詩人であったことは確かでも、普通の文学史には登場しない人物で、それほど重要な詩人であったかどうかは疑問に思われる。(おそらくスタティウスの作品を読むことはないと思うので、断定はできないのだが…) とにかく、スタティウスはこの後の『煉獄篇』の展開において重要な役割を演じることになる。
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