西田龍雄『アジア古代文字の解読』(4)

1月15日(金)晴れ後曇り

 漢族の支配あるいは影響を受けながら、漢語とは別の自分たちの言語・文化をもつ諸民族にとって、自分たちの言語をどのように表記するか、その表記によって自分たちの文化的な伝統をどのように伝えるか、あるいは外来の文化を自分たちのものとして摂取し、再構成していくかということが、問題となった。この書物は、そのような漢字文化圏の周辺にある諸民族の自分たちの言語を独自の文字で表現しようとする試みを取り上げ、その中で未解読だった文字がどのようにして解読されたか、あるいは解読されようとしているかを論じている。

 既に紹介した第1章「未解読文字への挑戦」では、未解読の文字を解読していく手続きをめぐり、暗号解読との違いを引き合いに出しながら、その文字が未知のものであるか、既知のものであるか、文字が記している言語が未知のものであるか、既知のものであるかによって、解読の手続きが異なることについて、これまでの解読の事例を引き合いに出しながら論じている。未知の言語の解明作業の魅力について語る著者の言葉が印象的である。第2章「ロロ文字のはなし」では中国の四川省の南、涼山彝族自治区で今なお使われている彝族の独自の文字、いわゆるロロ文字についてその概要を述べている。第3章「水文字暦の解読」では中国南方に居住する少数民族である水族の巫師たちが使っていた文書に記されていた(巫師たちが存在しなくなったために、解読できなくなった)文字の解読作業について述べている。「古い異体の文字が並んでいるのを見ていること自体が、それだけで実に楽しい思いを抱かせる」(89ページ)という個所には、文字に対する著者の情熱の一端が感じられる。
 第4章「西夏文字の組織と使い方」は、11世紀の初頭から13世紀にかけて中国の西北部に存在していた西夏国の言語である西夏語を記した西夏文字が漢字の構成原理を巧みに取り入れて、さまざまな構成要素の組み合わせによって表意文字として機能しながら、同時に文法情報も伝達した、漢字を越える文字であったことを述べている。第5章「女真文字の成立と発展」は西夏よりも少し遅れて、その東の方に国家を形成した女真(金)の言語と文字について論じている。女真文字は、先行する契丹(遼)の文字と共通する性格があるが、ごく大まかに言って表意文字と表音文字とを混用する文字体系であったと考えられる。しかし西夏文字のように体系性をもった文字の原理がないので、完全な解読には至っていない。第6章「契丹文字解読の新展開」では契丹文字をめぐる研究の発展を記しながら、この文字には表意文字である大字と表音文字である小字があったこと、漢文との二言語資料も発見されてはいるが、まだ完全に解読されたとはいいがたいことが述べられている。

 第7章「漢字――東アジアの世界文字」ではこれまで述べてきた、漢字の影響を直接・間接に受けながら発展してきた東アジアの諸文字が、ロロ文字を除いて、現在では使われなくなってきているのに対し、漢字が変化しながらも使われつづけて来た恐ろしく長い伝統をもった文字であることが強調されている。漢字はある特定の時代の特定の地方の言語の使用状況と結びついて意味をもち、発音されてきた文字の体系であり、さまざまな民族によって、さまざまに借用されてきた。
 「漢字は東アジア地域の一種の共通文字であって、その価値づけと運用は、特定の時代の特定の言葉の体系と結びついて可能になる。漢字はそのような特定の言語体系に支えられて生きつづけて来たのである。そして、支えられた言葉の体系を通して、はじめて漢字は立派に表音能力をももつことができるのである」(238ページ)と著者は言う。漢字の「夜」を中国では「ヤ」と発音していた(現代の中国の標準語ではyèと発音する)時代に、日本人はこの字を受け取り、「よ(る)」という訓を与えた。中国語における意味と発音、日本語における訓と音とはそれぞれに(無関係ではないにせよ)独立したものである。

 漢字は単なる象形→表意文字ではなく、指示、会意、形声という手続きを経て、さらに多様な意味を表現できるようになっただけでなく、形声字を多く創作する方向に向かったことによって、漢字は安定した表記体系となり、その一方で複雑な性格をもつようになった。

 他方、中国人は外国語の発音を表記するために漢字を使わざるを得ず、そのような例は中国と異民族の接触の長い歴史の中で多数見いだされ、漢字による異言語の表記はかなり正確になされている場合が多く、言語資料として大いに有用である。
 中国の少数民族のなかには独自の文字をもつように見えて、実は崩れた形の漢字を使っている例がみられる(例えば苗族)。
 ベトナムでは漢文のほか、ベトナム語の表記にも漢字を使うようになり、その際に特有の字形が考案された。これを字喃(チュノム)という。ここでは漢字の仮借・会意・形声という機能が応用されている。この種の文字は、他にも江西省一帯に居住していたタイ系民族の間でもつくられていた。しかし、「ベトナムでは16世紀にローマ字を改めた表記法を採用し、その他のタイ系諸言語もいまは修正したラテン文字によって表記する方向をたどっている」(250ページ)という。もっともこれは中国とベトナムの国内での話であって、タイやラオスでは独特のタイ文字が使われているのは御存じのはずである。

 文庫化にあたって著者は「『アジア古代文字の解読』付記」というかなり長い一文を添えて、その後の研究の進展等についての概要を補足している。
 まず、ロロ文字よりも彝文字のほうが一般的な呼び方になったとしながら、彝文字について、本文で紹介された西昌涼山地区における規範彝文のように表音化の方向を進めるのではなく、彝語の全方言に共通する文字としての使用を目指す表意的な規範化の動きが起きていることを紹介している。この「付記」が書かれてから10年以上の年月が経っており、その成否も気になるところである。
 水文字=水書については新しい資料が発見されていることを述べている。著者がこの文字の「魔術的」な特徴に魅力を感じていたことが窺われて、論旨とは別に興味深く思われる。
 西夏文字をめぐっては、西夏語と西夏文字が漢語から多くの影響を受けたことに加えて、チベット語との交流も無視できないものであったことを述べている。
 女真文字については、近年満州語研究が盛んになるにつれて、再び女真語研究にも活気が出てきているとしながらも、その解読作業には「女真文字自体が統一性を欠いた字形集団であったため、文字組織そのものが堅実でないところに困難があるように思える」(276ページ)という感想が述べられている(西夏文字の作り方に規則性があることを発見して、その解読に成功した著者らしい指摘であり、注目される)。
 契丹文字については、とくに小字をめぐり多くの資料が発見され、解読が進んではいるが、まだ全容の解明には至っていないと述べられている。最終的には、死語である契丹語の復元が目標とされるべきであるが、契丹小字と契丹大字の両方がその道筋となるはずだという見通しが語られる。

 これらアジアの文字は、それぞれ漢字の影響下にあり、漢語とは別の言語を表記するためにさまざまな工夫を加えて成立したものであった。最後に著者は「アジアの諸文字の研究には、まだまだ未知の部分が残されていて、新資料の出現とともに新しい観点に立った開拓を期待しなければならない」(281-282ページ)と結んでいる。著者が研究の対象としたのは、中国と漢字の影響下にある地域であったが、アジアといっても東アジア以外の地域には、全く別の文字体系が多数存在しており(チベットなどもその中に含まれている)、「新しい観点」が生まれる余地はきわめて大きいと思われる。西田教授が書き残された『生きている象形文字』(中公新書)など、この本以外の著作を改めて読み直してみたいと思う一方で、その亡き後の研究の進展についても調べていきたいと思う。
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