ダンテ・アリギエリ『神曲 煉獄篇』(21-1)

1月12日(火)午前中、少し雨(所によっては初雪だったらしい)、その後は曇り

生まれながらの渇きは決して癒されることはない、
サマリアの貧しき女が恩寵といて所望した、
あの水でなければ。

その渇きに私は苛まれていた。そして我が導き手の後ろで、
思うようには進めない道のために急いであせり、
さらに正しき報いの罰に憐れみを覚えてもいた。
(306ページ) 第20歌でダンテは煉獄山全山を揺るがす地震を経験する。そしてイエス・キリストの誕生の時に、ベツレヘム近郊の羊飼いたちのもとに天使と天の軍勢がやってきて歌ったとされる「最も高き空にまします神に――皆が――栄光あれ」という歌が聞こえてくる。これはどういうことなのかと、ダンテは「ためらいつつも深く思索しながら歩いていった」(304ページ)と第20歌は結ばれていた。
 「生まれながらの渇き」は、人間の持っている知的好奇心であり、「サマリアの貧しき女」は『新約聖書』の「ヨハネによる福音書」の4に登場して、井戸から汲んだ水をイエスに与えた女性であり、地上の水を飲んで渇きをいやしても、やがてまた水を飲みたくなるが、「わたしが与える水を飲むものは決して渇かない。 わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」(ヨハネ4・14)といわれる。ここでイエスがなぜ、サマリア人の女性と会話するのかについては、ユダヤとサマリアの対立という歴史的な経緯がある。「ヨハネによる福音書」のこの少し前の箇所に「ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからである」(ヨハネ4・9)としるされている(Today's English VersionではJews will not use the same cups and bowls that Samaritans use. ユダヤ人たちはサマリア人たちが使うコップや鉢を使おうとしない――と、より具体的に書かれている)。なぜ、このような関係が生まれたかについては諸説あるので、ご自分で調べるなり、キリスト教に詳しい人に聞くかしてください)。
 ここでダンテが言おうとしているのは、ギリシアの哲学者たちが言うように人間は生れつき好奇心を持っているが、神の恩寵、つまり理性による理解を越えた、神の真理の開示によらなければ最終的な疑問は解決しないということである。余談になるが、長崎にある活水女子大の「活水」は「ヨハネによる福音書」のこの箇所に由来するらしい。ロンドンのチャイナタウンにも「活水」と名の付いた中国系のキリスト者たちの本屋があって、在外研究でロンドン滞在中にそこの書店員と長話をしたことを思い出す。

 煉獄の第5環道を行くダンテとウェルギリウスの前に一人の影が現われる。2人はこの影に気付かなかったが、影の方から2人に声を掛ける。「我が兄弟達よ、神があなた方に平安を与えんことを」(307ページ)これは復活後に弟子たちの晩餐に現れたイエスが発する「あなた方に平安があるように」(ルカによる福音書24・36)を踏まえた挨拶である。これに対してウェルギリウスは挨拶を返し、ダンテがまだ生きている人間であり、自分がその案内者であることを告げ、地震と歌声の理由を尋ねる。

 彼はこの問いに答えて話し始める。煉獄は秩序正しく構成されており、
「ここにはどのような気象の変化もありません。
空が自らもたらし、自らのうちに内包するもの、
それ以外に原因となるものはありえないのです。
(310ページ) 山裾の前煉獄を除き、煉獄のあらゆる事象の原因は神に発して諸天空を経て降りてくる力である。彼は続けて、
それゆえにあの三段の短い階段の上では、
雨は降らず、雹は落ちず、雪は舞わず、
露は滴らず、霜は降りず、

また厚い雲も薄い雲も現れず、
稲妻も起きず、下界でしばしば場所を変える、
タウマースの娘もいません。
(同上) 「あの三段の短い階段」というのは第9歌に出てきた煉獄の門の前の階段のことである。「ダウマースの娘」は虹のことで、ギリシャ神話の神々の使者である虹の女神イーリス(アイリス)はタウマースとエーレクトラーの娘とされている。われわれが日常的に経験する気象現象はすべて煉獄の門より上では起きないという。また地震も起きたことはないのである。では、なぜ山が揺れたのか、
ここが揺れるのは、自身が清められたことを悟って、
誰かの魂が上へと昇るために
起き上がるか動きはじめたときであり、あの歓声はそれに続きます。
・・・」(311ページ) 「地震」と歓呼の声は、煉獄の魂が償いを終えて天国に向かって歩きはじめたときに起きる現象なのであり、自分がその原因となった天国に向かっている魂なのだと答える。煉獄山で起きた揺れは、現世の人間が経験する地震とは異質のものであるというのである。では、この魂は何者であるのか?
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