ダンテ・アリギエリ『神曲 煉獄篇』(20-2)

1月5日(火)晴れ、温暖

 1300年4月12日にダンテはウェルギリウスとともに煉獄の第5環道にたどりついたと第19歌では歌われていた。第19歌でダンテは貪欲の罪を贖う魂たちの中から、ローマ教皇であったハドリアヌスⅤ世の魂に出会ったが、第20歌ではフランス王家の先祖であるユーグ・カペーの魂に出会う。カペーの魂は彼の子孫であるフランスの王たちが、対外侵略を繰り返していることを非難する。

「…白百合の花の楯がアナーニに侵入する。
代理人格の中にいるキリストがとらえられる。
・・・」(298ページ、「白百合の花」はフランス王家の紋章。アナーニは当時のローマ教皇であるボニファティウスⅧ世の出身地で、彼の夏の居館が置かれていた。フランスのフィリップ美王は1303年に、アナーニの居館にいた教皇を襲い、幽閉し、教皇は解放されたもののその直後に憤死した。この出来事をめぐり、ダンテは教皇をキリストに、フランス王をキリストに死刑判決を下したピラトになぞらえて描く(度々の繰り返しになるが、フランス王のイタリア侵略は、ダンテがカペーの魂に煉獄で出会った後の出来事であり、カペーの発言は予言の性質をもっているが、実際にはダンテは侵略戦争の結果を知ってこのくだりを書いているのである)。
余には見えているのだ、あの方が再び嘲られる。
余には見えているのだ、酢に苦いものが加えられた侮辱が新たにされ、
あの方はよみがえった盗賊の間で殺される。
(同上) 

 そしてカペーは彼の子孫であるフランスの代々の王の貪欲=征服欲を非難しつづける。彼のほかにも、生前に征服欲にかられて侵略戦争を続けていた国王たちが、第5環道を贖罪の声を上げて歩いて回っているのである。

すでに私達は彼から離れて、
そしてでき得る限り、
遠くまで道を進もうと力をふりしぼっていた。

その時に私は感じた、まるでどこかが崩落しているかのように
山が揺れるのを、それゆえ私は、死刑へと赴く者が
決まって襲われる類の寒気に襲われた。
(302ページ) カペーから離れて、道を急ぐ2人は煉獄山全体を揺らす地震に出会う。日本と同じく火山の多いイタリアに暮らしていたダンテは、地震を何度も経験していたはずであるが、そのような彼でも驚くような大地震であった。

その後で山のあらゆる場所から同じ一つの叫びが上がりはじめた。
その声に、師が私のほうへ身を寄せられたほどだった、
こう言いながら、「我がおまえを導く限り、怯えることなかれ」。

「最も高い空にまします神に――皆が――栄光あれ」
と言っていた、あたりのものから私が理解した限りでは。
彼らの叫び声からそう聞き分けることができたのだ。
(302-303ページ) なぜ、イエス・キリストの降誕の時に羊飼いたちが歌った歌が、ここで聞こえてくるのか。歌と地震との間にはどのような関係があるのか。ダンテにはわからない。
知らないということで、わたしは未だかつてあれほど攻め立てられ、
知りたいという欲求に満ちていたことはなかった、
我が記憶がそのことで誤っていないのならば。

それほどに、あの時、私は深く考え込みながら知りたがっている様子を見せていた。
急いでいるために私はあえて質問しようとはしなかったし、
あの場のことを私一人では理解できもしなかった。

こうして私は、ためらいつつも深く思索しながら歩いていった。
(304ページ) 第4環道から第5環道にかけて、ダンテは人間の行動の原動力となる愛がその不足や過剰によって世界に不幸をもたらすこと、とくにこの世になぜ戦乱が絶えないのかについて考えてきた。地震と歌声は、彼の新しい疑問を抱かせ、それがこれからの旅の中で解明されていくことになる。

 
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