『太平記』(84)

1月3日(日)晴れ、温暖

 元弘3年(1333年)5月8日、上野の国(現在の群馬県)の武士・新田義貞は生品明神で倒幕の兵を挙げた。近国の新田一族の武士たちが加わり、翌9日には、鎌倉を脱出した足利高氏の子・千寿王(後の義詮)が合流し、これを知って関東一円の武士たちが次々に討幕軍に加わった。新田の討伐に向かった幕府軍が、小手指原・久米川の合戦で敗れると、幕府は北条高時の弟である泰家に大軍を与えて加勢させた。15日の分陪河原の戦いで、幕府軍が勝利したが、三浦大田和義勝の率いる相模勢が新田軍に合流すると翌日の合戦では油断しきっていた幕府軍は大敗した。鎌倉に迫った幕府軍は18日、鎌倉への入り口である極楽寺坂、小袋坂、化粧坂(けわい)坂の三方から攻撃を開始した。新田勢は大軍で押し寄せ、幕府側は数で劣るとはいえ防御の要地を占めていたので、なかなか勝敗は決しなかった。

 赤橋相模守盛時(守時)は、小袋坂の西の洲崎{鎌倉市の寺分(てらぶん)・山崎・上町谷のあたり}に向かったが、敵の勢いが強く、昼夜65度の戦闘の結果、数千騎を数えた郎等もあるものは負傷し、またあるものは敗走したために今やわずかに300余騎となってしまった。同じく洲崎で戦っていた侍大将の南条左衛門高直に向かって、次のように述べた。むかし、漢の高祖と楚の項羽とが戦った時、高祖は度々敗戦したが、最終的には勝利した。春秋五覇の1人である晋の文公も斉との戦いに何度も敗れたが、最終的には勝利した。それゆえ百度敗れても、最後の一戦で大勢を逆転できるというのが戦いというものである。現在、新田勢が有利に戦いを進めてはいるが、だからといってこれにより幕府が敗れ、亡びるとは限らない。
 そういいながらも、盛時は、自分自身については、戦いの最終的な結果を見届けずに、ここで自刃するつもりだという。それは、彼の妹が足利尊氏(なぜか、本文ではこうなっている)に嫁しており、そのことのために北条高時以下の幕府の要人たちは自分を警戒しているからであるという。そしてまた戦闘が続いている中で、陣幕の内で腹を切ってしまう。
 これを見た南条左衛門も大将が自刃した以上、士卒も戦い続ける意味はないと腹を切り、さらにその配下の380余騎の武士たちも腹を切ってしまったので、幕府方の洲崎の陣は破れて新田勢は山内まで攻め入った。現在では山ノ内というが、円覚寺と建長寺の間のあたりである。この赤橋盛時の行為は謎が多い。高氏との姻戚関係から得宗への忠誠心を疑われるというだけのことが自刃の理由になるかどうかは疑問であるし、戦闘中に自刃してしまうのは、一種の利敵行為であるという意見もある。忠誠心を見せるのであれば、自刃せずに最後まで戦って討ち死にするほうが筋が通っている。

 本間山城左衛門は北条一門の大仏貞直の被官で、大仏氏が守護を務めていた佐渡の守護代であった(後醍醐天皇の側近の1人であった日野資朝を斬った佐渡の本間佐渡入道の一族である)が、その頃、貞直の不興を買って、自分の邸に引きこもっていた。しかし、極楽寺坂方面の敵が強いという噂を聞いて、いてもたってもいられなくなり、自分の配下の若い武士や下級の武士たち100人ほどを引き連れて、極楽寺坂に向かった。新田勢のこの方面の対象は新田一族の大館宗氏であったが、決死の意気込みで攻めかかったので、新田勢は支えきれず、腰越あたりまで退却した。(現在の江ノ電の駅名を念頭に置いて、想像すればだいたいの様子が分かるはずである。)
 この間の戦闘で本間の郎等が敵の大将である大館宗氏を討ち取ったので、本間はその首をもって貞直の陣に駆けつけ、これまで長年にわたり奉公してきたご恩にこの戦をもって報いることができました。怒りを受けたままのみで死ぬならば、死後までの妄念となるだろうと思われます。今はお許しを得て、心穏やかにあの世に行きたいと思っていますと、その場で腹を切って死んでしまったので、あたりにいるものは皆感動を覚えたという。これまたよくわからない話である。

 極楽寺坂方面に向かった大館宗氏が戦死して、軍勢が肩瀬(現在では片瀬と書く)、腰越まで退却したと聞いて、新田義貞は2万余騎の軍勢を率いて、21日の夜半にこの方面に向かい、極楽寺坂のあたりの様子を窺った。北の方は切通しで、山は高く道は険しいうえに、城柵を設け、垣のように楯を並べ数万騎の兵が守りを固めている。南は稲村崎で波打ち際の道が狭い上に逆茂木をあちこちにひっかけ、さらに沖の方に浮かべた船の上から矢を射かけようと準備をしている。これでは攻めようがないと思われるほどに防御は万全である。

 大軍で攻める新田義貞に対して、幕府側も必死で守ろうとしているが、赤橋盛時にしても、本間山城左衛門にしても、幕府が人々の支持を失っていることを薄々とでも気づいているのか、幕府への忠誠を口にしながら、自刃を急いでいる。鎌倉幕府滅亡の時が近づいているような様子がだんだん強く感じられるようになってきた。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR