新しい年を迎えて

1月1日(金)晴れ

 新しい年を迎え、さらにこのブログの充実を目指していくつもりなので、引き続きよろしくご支援ください。

 このブログでは、私が読んだ本や見た映画の紹介、書いた詩に加えて、日本の軍記物語の代表的な作品の1つである『太平記』と、「中世最後の人」と呼ばれるイタリアの詩人ダンテの『神曲』の内容を紹介しているが、『太平記』と『神曲』にはともに14世紀に成立したという共通点がある。

 『神曲』は1人の詩人がしっかりとした構想の下に自分の世界観を歌い込んだ叙事詩であり、『太平記』は何人もの作者によってそれぞれの立場から記された物語の雑然とした集成である。とはいうものの、ダンテの思想はキリスト教的なもののみから成り立っているとはいえず、ギリシア・ローマの文化への敬意とローマ帝国の再興が世界の平和をもたらすはずだという異教的・世俗的な要素、またこの時代に発展してきた都市の商人たちの文化を反映した要素が含まれ、さらにダンテに先行するプロヴァンスの詩人たちを通じたイスラーム圏の文化(この時代、まだイベリア半島にはイスラーム教徒たちが勢力をもっていた)を指摘する意見もある。『太平記』は儒教的な名分論と神仏の混淆したこの時代の宗教観に基づいてまとめられているが、武士と貴族、同じ武士の中でも東日本と西日本の武士の考え方の違いなど、やはり多様な要素を含んでいる。成立した時代が同じころだというだけで、一見、何も関係がなさそうな文学作品2編であるが、詳しく読み込んでいくと、なにか共通するものが拾い出せるかもしれないと思っている。

 可能性として考えられることの1つはヨーロッパにおける騎士道と日本における武士道が、この時代にそれぞれ生成変化の過程をたどっていたということである。騎士道には女性を尊敬するとか、弱者をいたわるとかいう側面があるが、武士道の場合はどうかというようなことも考えてみるべきかもしれない。(この延長線上で考えてよいのは、17世紀ごろの日本には鉄砲や大砲が使われている一方で、多くの剣豪が輩出したが、17世紀のフランスもダルタニャン(実在の人物であり、ルイⅩⅣ世の下で銃士隊長として大活躍した)とか、シラノ・ド・ベルジュラック(これまた実在の人物である)というような剣豪がいたことである。)

 もう一つ気になっているのは、杉浦明平が『戦国乱世の文学』のなかで狂言「鬼瓦」の、田舎から出てきた大名とその従者が、建物の鬼瓦を見て、国許に残してきた女にそっくりだといって、思い出しながら泣く場面を取り上げて、大名とその従者の心の優しさを指摘していることである。都の人の目からは鬼瓦のような顔の醜婦を懐かしがる大名たちは滑稽な田舎者に過ぎないかもしれないが、狂言作者の鬼瓦≒国許の女の容貌の精緻な描写は、別の解釈の可能性をもっている。
 これと似ているのが、ラブレーの『パンタグリュエル』の『第四の書』の第11章で、パンタグリュエルの従者の1人であるエピステモンが語るフランスからイタリアに巡礼に出かけた修道士の話である。ルネサンスの花開くフィレンツェの町のあちこちを眺めてほめそやしている一行の中で、一人だけ浮かぬ顔の修道士がいる。彼は、この町には焼き鳥屋がない、我が故郷のアミアンには焼き鳥屋がたくさんあるのにと、頻りに故郷の町を懐かしがるのである。この修道士は食い気だけでなく、色気の方もかなりのものらしいのだが、物語を書いているラブレー自身が色気と食い気のために修道会をやめた人物なのだから、決してこの修道士を笑いものにしているわけではないのである。世俗的な事柄への関心とか、故郷への思いとかいうものに洋の東西による違いはないのかもしれない。

 時として無理なこじつけになってしまうことがあるかもしれないが、こんなふうに世界の様々な物語の中の出来事や物事を取り上げてその異同について論じながら、できるだけ楽しく、いろいろなことを考え、書いていきたいと思っている。もちろん、この2つの文学作品の比較ではなく、それぞれの物語の紹介・論評が主な内容となるはずである。とりあえず、今年の見通しのようなことを書いておくと、100歌からなる『神曲』は現在『煉獄篇』を取り上げているが、年内には『天国篇』に入れると思う。『太平記』の方はまだまだこれから先が長い。今年中岩波文庫版の第3分冊までいきたいと思うが、そのどのあたりまで進めるかはわからない。
 
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