バルカン超特急

12月27日(日)晴れたり曇ったり

 シネマヴェーラ渋谷で「映画史上の名作14」の特集上映の中から、ジャン・ルノワール監督の『浜辺の女』(The Woman on the Beach, 1947)、アルフレッド・ヒッチコック監督の『バルカン超特急』(The Lady Vanishes, 1938) の二本立てを見る。『浜辺の女』を見るのは初めて、『バルカン超特急』を見るのは映画館では少なくとも2度目、そのほかにTVで1度、VTRで何度か見ている。私の好きな映画の中に数えられる、何度見ても飽きない、多くの魅力を含んだ作品である。既に述べたようにヒッチコックの英国時代の傑作で、この作品の成功によって彼はハリウッドに招かれることになる。

 ヨーロッパのどこか東の方にある独裁国の国境付近の駅近くのホテルは、雪崩のために鉄道交通が遮断され、めったにない満員状態になっている。その宿泊客の中には、英国で待っている婚約者と結婚するために帰国するつもりの富豪の令嬢アイリス(マーガレット・ロックウッド)、この国で6年間音楽を教えてきたという老婦人フロイ(デーム・メイ・ウィッティー)、世界中の民族音楽を研究している青年ギルバート(マイケル・レッドグレイヴ)、帰国してクリケットの国際試合を見るのを楽しみにしている2人連れ(ノーントン・ウェイン&ベイシル・ラッドフォード)、不倫旅行中の男女(セシル・パーカー&リンデン・トラヴァース)という何組かの英国人たちがいる。アイリスとフロイは、自分の部屋で男女に民族舞踊を踊らせているギルバートがうるさいと腹を立て、彼を部屋から追い出そうとするが、いったん追い出されたギルバートはもとの部屋に戻ることに成功する。フロイは窓の下で彼女のために歌っている男の歌に耳を傾けているが、その男が何者かに殺されたことに気付かない。

 翌日、国際列車が出発することになり、アイリスはそれまで一緒に旅行していた友達2人と別れ、ロンドンに向かおうとするが、カバンが見当たらないというフロイと一緒に荷物を探そうとして、何者かが落とした植木鉢で頭を打つ。(それまでの物語の流れで、アイリスではなく、フロイを狙ったものだということは観客だけに分かる。) 頭がぼーっとしているアイリスをフロイはいたわり、食堂車に連れていってお茶を飲ませた後で、眠るように言うが、アイリスが目覚めると、フロイの姿がいない。それどころか、同室の客や乗務員、食堂車の係員も彼女の存在を否定する。やはり同じ列車に乗っていたギルバートが彼女の言い分に耳を傾けて、一緒になって探すが、フロイの存在を証言する人は出てこない。わずかに残っていた証拠が消えてしまったりして、アイリス自身もこの事を忘れかけようとしていたとき、ギルバートは食堂車の係員が捨てたごみの中に、フロイが愛用している茶のバッグがあることに気付く。なぜ、このような不可解な事件が起きているのか。彼らが知らない、もっと大きな動機が背景に隠れているのだろうか。

 舞台となっているのは架空の国であるが、アルプスのような山が出てくるからスロヴェニアあたりを想定しておけばよかろう。ドイツ語、イタリア語(あるいはスペイン語のように聞こえることもある)、スラヴ系らしい言語が乱れ飛び、なかなか英語が通じない。アイリスは何とか自分が正しいことを証明し、フロイを助け出そうとするが、ギルバートがいくつもの言語に堪能であることから、いろいろなことが分かりはじめる。密室状態の列車の中での失踪、ところがアイリスと同室だった女性(メアリ・クレア)は独裁国の内務大臣の妻であり、さらにイタリア人の魔術師の一家が乗り合わせている。物語の進行につれて、だんだん謎解きが核心に迫ってくる。信頼できると思っていた人物が敵であったり、思いがけないところから味方が現われたりして、物語が二転三転する。

 第二次世界大戦勃発間近のヨーロッパの不安と緊張の中で作られた作品であり、そのような時代の雰囲気が映画の中に満ちている。フロイを誘拐した独裁国の政府当局が、アイリスとギルバートが事件の真相に迫れば迫るほど、その暴力的な姿をさらけ出していくというファシズムの脅威を描く部分もあり、フロイを探す男女が最初の反目から、お互いに惹かれあっていくというロマンチック・ミステリーの要素もある。さらにすでにアメリカに世界の盟主の地位を奪われながらも、自分たちの誇りと生活様式を崩さず、外国にいてもなかなかその国に溶け込もうとしない英国人の姿が戯画化して描かれるなど、笑いに紛れての比較文化論的な要素も見られる。ハリウッドにわたって以後のヒッチコック作品に比べると、まだいろいろな要素・可能性が秘められているように思われる。

 そういえば、ギルバートを演じているマイケル・レッドグレイヴの娘であるヴァネッサ・レッドグレイヴがヒッチコック賞を受賞した際に、自分の父親が最初に出演した作品の監督であるヒッチコックに因んだ賞を受賞するのは感慨深いとスピーチしたという記事をどこかで読んだ記憶がある。歴史的な名作ではあるが、現代においてもファシズムの脅威が完全に過去のものとなったとはいいがたいことに留意すべきであろう。12月30日にも上映の予定があるので、時間的な余裕のある方にはぜひご覧になるようお勧めしたい。
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