巌窟の野獣

12月26日(日)晴れ

 昨日、シネマヴェーラ渋谷で「映画史上の名作14」特集上映の中から、『偉大なるアンバーソン家の人々』とともに見た作品。この特集では、ヒッチコックの英国時代の作品が『暗殺者の家』(The Man Who Knew Too Much, 1934、ヒッチコック自身が1956年に再映画化し、『知りすぎていた男』という日本語題名で上映された)、『バルカン超特急』(The Lady Vanishes, 1938)とこの作品の3本取り上げられている。以前の特集上映では『三十九階段』(The 39 Steps, 1935)が上映されており、企画者の英国時代のヒッチコックへのこだわりが感じられる。

 『巌窟の野獣』というのはすごい題名だが、原題は”Jamaica Inn"で、物語の主要な舞台となる宿屋と酒場を兼ねた店の名である。この作品はダフネ・デュ・モーリア(1907-1989)の小説『埋もれた青春』(Jamaica Inn)の映画化で、この後、ヒッチコックは『レベッカ』(Rebecca, 1940) ,『鳥』(Birds, 1963)とモーリアの作品を2回映画化している。昨日の当ブログにも書いたが、『巌窟の野獣』はヒッチコックの英国での最後の作品で、この後彼はアメリカにわたって活動する。彼の前作である『バルカン超特急』が注目されてハリウッドから招かれたのである。

 イングランドの南西部に突きだした形のコーンウォール地方は、航海の難所であり、19世紀の初めごろは、盗賊たちが嵐の夜などに船を間違った方向に誘導して難破させ、略奪を行うことさえ行われていた。若く美しい娘メアリー(モーリン・オハラ)は母が死んだので、ただ一人の身寄りである叔母のペイシェンスを頼ってコーンウォールにやってくる。乗合馬車の御者は叔母夫婦の住所であるジャマイカ・インで停車せずに、地主(チャールズ・ロートン)の館の前で彼女を下す。メアリーは地主に馬を借りて、ジャマイカ・インに向かおうとするが、地主は親切にも彼女とともに馬を走らせて送り届け、自分はこのあたりの治安判事をしているので、困ったことがあれば相談に来なさいという。

 義理の叔父であるジャマイカ・インの主人ジョスは実は、難破船を襲う盗賊団の首領なので、彼女を追い返そうとする。その一方で盗賊団は仲間の中に、分け前を横取りしているものがいるのではないかと、あたらしく加わった若者に疑いをかけ、彼の首をくくろうとするが、それを見ていたメアリーが縄を切って男を助け、結局2人はジャマイカ・インから逃げ出すことになる。そして、地主の館にたどりつくが、ここから物語が急転することになる。

 盗賊団には黒幕がいて、その黒幕が誰かということと、彼らの悪事がどのように暴かれるのかというのが興味の対象となるが、意外性はあまりなくて、むしろ物語の展開の速さで観客の興味をつなぎとめている。勧善懲悪の箍がかなり強くはめられているが、その分はらはらしながらも、安心してみていることができる。

 コーンウォールは、かつてアングロ・サクソン人が民族大移動の動きの中でブリテン島に到来したときに、先住のケルト系の人々が逃げのびた地方の1つ(あとは、アイルランド、スコットランド、ウェールズ、そしてフランスのブルターニュ地方に逃げた)であり、独自の文化が残り、風光明媚で観光地として知られる一方で、産業に乏しく貧しい地域であった。この作品では、文化の方は無視されて、自然環境の特異性と地域としての貧しさだけが強調されている。

 地主を演じているチャールズ・ロートンがこの時代におけるイングランドの上流階級の退廃ぶりをなかなか見事に表現てしており(メアリーに親切にしているのは、彼女が美人なので、その歓心を買おうとしているだけである)、ジャマイカ・インの歪んだ構造は表現主義的であり、荒れ狂う海岸の描写は迫力がある。そして、この作品がデビュー作(クレジット・タイトルにIntroducingと記されている)モーリン・オハラの美しさと気丈な性格表現が観客の同情を呼ぶはずである。最後に、今年、その訃報が伝えられたモーリン・オハラの冥福を祈っておきたい。
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