ダンテ・アリギエリ『神曲 煉獄篇』(19-2)

12月20日(日)晴れ

 ウェルギリウスの導きのもとに、煉獄の山を登るダンテは高慢の罪を贖う第1環道、嫉妬の罪を贖う第2環道、憤怒の罪を贖う第3環道、怠惰の罪を贖う第4環道を通り、第5環道へとたどり着いた。

私が第五の円周の中に放たれたとたん、
地に全身をうつぶせに寝かされ、
苦しみに泣いている人々が一面に見えた。

「私の魂は塵の上に臥せっています」、
私は彼らがこう声を上げるのを聞いていた。あまりに激しい嘆きが混じり、
その言葉はかろうじて聞き分けることができたほどだったが。
(282‐283ページ) 「私の魂は塵の上に臥せっています。御言葉によって、命を得させてください」と旧約聖書の「詩篇」118.25に歌われている。人間の肉体は塵から作られているので、地上の事柄に拘泥する。これが貪欲の罪の本質であるという。地上性、つまり肉体性のために魂も穢れることがここでは歌われている。聖書の言葉の後半は魂の解放を祈るものである。ダンテはここで地上の幸福よりも魂の解放を優先させる中世的な世界観を述べているのである。

 先を急ぐウェルギリウスは、魂たちに「高きに登る道」(283ページ)を示すように頼み、魂たちの1人が道を教える。ダンテは、しばし立ち止まって、ウェルギリウスに答えた魂と会話を交わす。
「・・・
あなたが誰であったのか、あなた方がなぜ背中を上に向けているのか、
そしてあなたへの功徳を得るため私が現世で祈ることをお望みか、
教えてほしい。そこから私は生きながらにして来たのだ」。
(284-285ページ) するとその魂は現世では教皇ハドリアヌスⅤ世であったと答える。もともとオットボーノ・フィエスキ(1210-1276)というジェノヴァの貴族であり、叔父である教皇インノケンティウスⅣ世のもとで枢機卿となり、特に外交関係で重要な役割をはたしたという。1276年に高齢で教皇に選ばれるが、間もなく病に倒れ、死去する。「貪欲であったという史的記述はないが、ダンテは彼の政治権力の追求を悪辣とみなしていたと思われる」(285ページ傍注)と翻訳者である原さんは注記している。

 ハドリアヌスⅤ世の魂は言う。
「余は1月と少しの間思い知った、
かの大いなるマントが泥にまみれぬよう守る者にとり、
それがどれほど重いか、他のあらゆる重みも羽毛にしか思えぬ。
(286ページ) 彼が教皇の座にあったのは「1月と少しの間」であった。彼は、地上の権力への固執の空しさを知り、神をあがめるようになったが、それは遅い「改宗」であった。
その瞬間まで、余の魂は惨めにも
神から遠く離れ、貪欲にまみれていた。
今や、ご覧のとおり、その罰をここで受ける。

貪欲のなしたことは、この場所で、
改宗した魂達の贖罪により明言されている。
この山中にあってこれ以上に苦い罰はない。

余らの目が高みを向かず、
地上の事物に固着した、
まさにそのまま、正義はここで余らの目を地に沈めた。
・・・」
(287ページ) 地上の事物に固執して貪欲の罪を犯したゆえに、彼らの目は地面に沈められているというのである。

 ダンテは相手が地上において教皇であったことを知って、敬意をもって接しようとするが、ハドリアヌスの魂は
「・・・余もまた同輩として
君や他の方々とともに、唯一の御力に仕えるものなり。
・・・」
(288ページ)と神の前にはすべての人間が平等であると語り、ダンテに先を急ぐように言い聞かせる。そして自分はなおも贖罪に専念するという。ここでは教皇と教皇庁がその本来の宗教的な任務を忘れ、世俗的な権力に関心をもちすぎていることが批判されている。その一方で、本来の任務に立ち返る可能性も否定されていないことも見逃すべきではなかろう。
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