シャーロット・マクラウド『蹄鉄ころんだ』

12月14日(月)曇り

 12月13日、夜遅くまでかかってシャーロット・マクラウド『蹄鉄ころんだ』(創元推理文庫)を読み終えた。おかげで、この日のうちに当ブログの更新ができなかった。シャーロット・マクラウド(Charlotte MacLeod,1922-2005)はニューイングランド地方にあるバラクラヴァ農業大学の応用土壌学の教授であるピーター・シャンディが大学とその周辺で起きた事件を解決するユーモアたっぷりの推理小説シリーズを10編書いており、この作品は原題をThe Luck Runs Outといい、1979年に発表された。1978年に発表された『にぎやかな眠り』(Rest You Merry)に続くシリーズ第2作である。

 『にぎやかな眠り』に描かれた事件が起きてから4か月ほどが過ぎ、シャンディは事件の解決のよき協力者でもあった図書館司書のヘレンと結婚し、その友人で妻を失ったティモシー(ティム)・エイムズは家政婦を雇って日々を送っていた。その家政婦のロレーヌ・マクスビーというのが働き者ではあるが、衛生にやかましくやたらと殺菌、消毒に励む、多少困った性向の持ち主である。シャンディと結婚するとともに、大学図書館の司書助手の地位も得たヘレンは大学に慣れようと、あちこちを探検して回っている。目下のところは畜産学部て、馬に蹄鉄を打っている年配の女性装蹄師マーサ・フラックレーの仕事ぶりに興味を持ち、親しくなろうとしている。作業中の彼女に話しかけながら、ヘレンが並んでいる8つの馬房に目を向けると、「それぞれの馬房には馬の名前を彫りこんだむくのウォールナットの板がかかげられており、上下に分かれた扉のしたの部分に、馬の蹄鉄がひとつずつ打ちつけられてい」(11ページ)た。ヘレンは蹄鉄をかけるときに、必ず輪になっているほうを下にするのはなぜかと疑問を口にする。ミス・フラックレーは自分の考えを述べるが、ちょうど通りかかった畜産学部長のストット教授のほうが適切な答えを与えるだろうという。ストット教授は「幸運が逃げていかないようにするためだよ」(13ページ)と答える。(原題のThe Luck runs out.=幸運が逃げていくは、ここからきているようである。) ミス・フラックレーだけでなく、豚の飼育に打ち込んでいるストット教授にも興味を持ち、2人を夕食に招待する。
 実はこのところ、ヘレンは立て続けに夕食会を開いているのである。この日の夜も、地域の人々から尊敬を集めている動物誌の名誉教授であるエンダーブルとその夫人に加えて、ティムとその家政婦であるロレーヌ・マクスピーを招待していた。食事の席でもマクスピーはとげとげしい態度をとり、夕食会の食器が銀製ではないことがお客への礼を失するものであることを暗にほのめかす。
 
 シャンディとヘレンは、ヘレンがミス・フラックレーとストット教授を夕食に招待した金曜日の午前中に、地域の有名店であるカーロヴィンジャン工芸店に銀器を買いに出かける。その後で、ヘレンの友達で竜巻に家を吹き飛ばされたために、あたらしい仕事を求めてやってくるイデューナを迎えに空港に出かけ、その後、夕食会の準備をするという段取りである。その前日、ヘレンは畜産学部に豚を見に行ったのだが、馬房の蹄鉄を全て引きはがしてひっくり返し、輪になっているほうを上にした(ギリシア文字のΩのようにした)者がいて、ストット教授がそれを気にしていたと話す。その頃、バンクラヴァ農業大学は、年に一度の馬の競技大会を控えて沸き返っていたのだが、誰かが不吉ないたずらをしたようである。
 工芸店を訪れた2人は、2人組の男性がこの店の金庫室から金と銀の地金を盗み出す場面に遭遇し、ヘレンが犯人たちの逃走中の安全を確保するための人質にとられる。幸い、それほどの時間がたたないうちに彼女は無事に戻ってくる。犯人は顔を隠していなかったし、大量の金銀を積んだバンに乗っているので、逮捕にはそれほど手間取らないはずである。(ところが、それなりに巧妙なたくらみが仕掛けられていて意外に手間取ってしまう…)

 ギリギリのところでイデューナを出迎えることができた2人は、自宅に戻る。あまり時間がなかったにもかかわらず、ヘレンはイデューナの助けを借りて、夕食会を見事に準備する(イデューナはずば抜けて料理が上手であるという設定である)。夕食会は大成功に終わったのだが、翌朝早く、2人はストット教授に起こされる。教授が大切にしているだけでなく、大学全体が誇りにしている種豚のバラクラヴァ・バルサザールの一番最新の相手で、妊娠中のメス豚べリンダが姿を消したというのである。しかも彼の家に電話がかかり、家のドアマットの上にはガラス瓶に入った「豚の足の酢漬け」が置かれていた。そして、今度はシャンディに電話がかかり、家のドアマットの上に豚肉が置かれていた。しかし、この肉はべリンダのものではないらしい。そうこうしていると、今度はスヴェンソン学長がやってくる。学長も相当に動転した様子で、装蹄師フラックレーの死体が発見されたという。
 この一連の事件に取り組むために、スヴェンソン学長は全学集会を開いて、学生たちを動員して捜査にあたらせる。シャンディはどこに住んでいるのかわからなかった装蹄師フラックレーの住所がフォージャリー・ポイントというところにあることを知り、州警察の(地元の警察は当てにできない)コービン警部補とその場所に向かう(ここでシャンディが考えたり、思い出したりしたことがその後の展開の伏線になる)。フラックレーの住まいには、彼女の甥だという30代の後半くらいの髭を生やした男性がいて、自分はフラックレー一族の一人で、ロデオ一座の装蹄師をしていたが、一座が解散したので、故郷に戻ってきたという。

 装蹄師フラックレーの殺人と金銀の地金の強奪、メス豚の誘拐、連続して起きた3つの事件がどのように関連しているのか、シャンディは『にぎやかな眠り』事件で見せた慧眼ぶりを発揮して、次第次第に事件の真相に迫っていく。前作に引き続いてスヴェンソン学長とその夫人がそれぞれのやり方で教職員と学生たちをコントロールしていくし、同僚の妻であるミレールは相変わらずお馬鹿ではた迷惑な推理を展開して捜査をかく乱しているが、新たに登場する人物も多く、とくに学長夫妻の7人の美しい娘たちの中で、現在この大学に在学中で、1人だけ性格的に父親に似ているビルギット・スヴェンソンと彼女の恋人で「なにごとにつけても、信じられないほどすばらしいか、でなければ目をおおいたくなるほどひどいかのどちらかで、どちらの目が出るかは、やってみるまでだれにもわからない」(127ページ)ヤルマル・ウーラフセンの2人が要注意である。特に、ビルギットはヴィジャラント・ヴェジタリアンズ(<寝ずの番をする菜食主義者>と翻訳者の高田惠子さんは訳しているが、vigilantesは自警団と訳す方が自然だろう。肉食に反対して、動物たちの命を守る自警団である)の戦闘的な活動家で、そのことと事件は関係があるのだろうかと、シャンディも読者も考えるはずである。学長夫妻、イデューナ、ヤルマルと北欧系の出自を思わせる登場人物が多く、オーディンとかロキというような北欧神話の神々の名が大学の飼っている馬につけられているのは、作者の趣味だろうが、作品に興趣を添えている。

 推理とは別に、「これまでずっと、絶滅の危機に瀕している”独立派農民”の砦としての役割をはたしつづけてきた」(123ページ)というバラクラヴァ大学の教育と経営の描写がなかなか魅力的である。たとえ、何人かはできそこないの教職員、学生がいても、情熱的な学長、仕事熱心で専門的な能力豊かな教授たち、全学集会に召集されれば集まってくる学生たちの姿は、全体として魅力的に思える。作者は、自分の高等教育への理想の一端をここに描きだしているのではないかと思うが、これほど理想的な状態にはなくても、アメリカにはこのモデルになるような農業大学があるのかなと思ってしまった(アメリカの、とくに州立大学は農学部と工学部中心に発展したのである。もう1つ付け加えておくと、アメリカの「工科大学」には文系の学科もちゃんと設けられているのが普通で、「文系学部廃止」を考えているお偉方にもそのあたりのことも視野に入れてほしいと思うのである)。

 1988年に翻訳が刊行され、その後版を重ねていたのが、ここ15年ほど増刷が途絶えていた。シリーズのこの他の作品も再刊されることを望みたい。マクラウドには他に、ボストンを舞台に若い女性セーラ・ケリングが探偵として活躍するもう一つのシリーズがあって、こちらのシリーズもよみがえりつつあるのは楽しく、また頼もしいことである。
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