日記抄(12月3日~9日)

12月9日(水)晴れたり曇ったり

 12月3日から本日までの間に経験したこと、考えたことなど:
12月3日
 NHKラジオ英会話に
I thank my lucky stars. (私は自分の幸運の星に感謝しています。)
という表現が出てきた。星々(英語ではstarsと複数になっていることに注意!)が人の運命を司るという考えがもとになっている慣用句だという。

 NHKラジオ「実践ビジネス英語」でエレベーターelevatorのことを英国ではliftというのが、アメリカと英国で用語の違う典型的な例として言及された。そのほかに、apartment(米)とflat(英)、sidewalk(米)とpavement(英)、fall(米)とautumn(英)、gas / gasoline(米)とpetrol(英)、drugstore(米)とchemist's(英)などの例が紹介された。

 中野明『東京大学第二工学部――なぜ、9年間で消えたのか』(祥伝社新書)を読み終える。1942年に開学し、1951年に閉校したこの学部は千葉市に置かれ、本郷の工学部とほぼ同一の構成で研究・教育を行っていた。この学部の設置は、工学部に重点を置いた名古屋帝国大学や、私立の藤原工業大学(現在の慶応義塾大学理工学部)の創設と軌を一にする、戦時体制に対応できる技術の開発や技術者養成を目指すものであったが、この書物では、第二工学部が多くの経営者を輩出したことに記述の重点を置いている。この書物でも参考文献に挙げられている今岡和彦『東京大学第二工学部』(1987、講談社)も読んだ記憶があり、私自身も工業系の学校で教えた経験があるので、技術者養成がどのように時代の動きと対応するかをめぐっては、これからも考えていこうと思っている。

12月4日
 NHKラジオ「まいにちイタリア語」応用編「楽しくイタリア語力を鍛えよう!」では、サッカーの(架空の)実況中継を教材として取り上げた。イタリア語では、ゴールキーパーをportiere、ディフェンダーをdifensore、ミッドフィルダーをcentrocampista、フォワードをattaccanteというそうである。英語とはかなり違っていて、なかなか面白い。イタリア語以外の言語で、これらのポジションを何というのかも、これから調べてみたいと思った。

12月5日
 NHKラジオ「攻略!英語リスニング」では”Acropolis"という話題を取り上げた。アクロポリスというのは、丘の上にある砦のことで、ふつうは守りやすい険しい丘の上に築かれたが、その中でとくに有名なのはアテネのアクロポリスで、アテネの守護女神であるアテナを祀ったパルテノン神殿が築かれている。ギリシアが異民族、異文化の支配に置かれるようになると、パルテノン神殿も数奇な運命を辿ることになるが、
Eventually, when Athens was under the control of the Turks and the city was under siege by the Venetians in the 17th century, a cannnon ball hit it and exploded.Still, what's amazing is that this much still survives.
(アテネがトルコ人に支配されていた時代、17世紀にヴェネツィア軍に包囲されてしまった時には、ついにパルテノンは火薬庫として使われた。不幸なことに、砲弾が命中して大爆発してしまった。それでも、これだけ多くのものが残っているのだから大したものである。)

12月6日
 NHKEテレ「日本の話芸」では金原亭伯楽師匠の落語「お直し」を放送した。伯楽さんにとっては大師匠(師匠の師匠)にあたる5代目古今亭志ん生が得意とした噺である。吉原遊郭に何度も通った経験のある志ん生が演じると生き生きとした噺になるが、遊郭が消えて50年以上がたった今日、どうしても説明的な語り口が付きまとうのは致し方のないところである。
 むかし、私の勤めていた大学に伯楽さんのファンの学生がいて、大学に招いて一席話してもらうことになった。その時に、大学の施設の使用を許可する件で、担当の先生が「キンバラテイ」というので、「あっ、それはキンゲンテイと読むのですよ!」と注意したのだが、無視された。どうも私が落語や寄席芸能に詳しいと、教職員の誰も思わなかったらしい(学生には結構知れ渡っていたのであるが…)。

 ジョン・ディクスン・カー『髑髏城』(創元推理文庫)を読み終える。ライン川の川岸に奇怪な姿でそびえる髑髏城で起きた怪事件をめぐり、パリの予審判事アンリ・バンコランとベルリン警察のフォン・アルンハイム男爵の仏独を代表する名探偵が事件解決に火花を散らす。
 ライン川と聴くと、京大卒業生の私は、旧制三高寮歌「逍遥の歌」の4番を思い出してしまう。「ラインの城や アルペンの/谷間の氷雨 なだれ雪/夕べは辿る 北溟の/日の影暗き 冬の波」
 多分、作詞者はライン川を眺めたことはないだろうと思うのだが、そう書いている私も見たことはない。大学時代の同僚が、阿賀野川を見ると、ライン川を思い出すというようなことを話していた。こういう話は実地で見てきた人のほうの勝ちである。

12月7日
 神保町シアターに井伏鱒二原作、豊田四郎監督、森繁久彌主演の『珍品堂主人』を見に行ったのは、この日付の当ブログに書いたとおりである。
 行きがけにすずらん通りの檜画廊で西岡民雄「生きものたちのラプソディ」展を見る。ウサギを主に、動物たちが動き回る絵が多く、民話風の楽しい画風であった。この展覧会は12日(土)までであるが、18日(金)から27日(日)まで国立市のギャラリー花風林(国立駅南口サンクス脇の旭通り徒歩5分、国立シルクビル2F) で同じ作家の「窓」という個展が開かれるので、興味のある方はお出かけください。
 さて、森繁について書き落としたことがあるので、書いておく。1973年に彼が有吉佐和子原作の『恍惚の人』に主演した際に、大阪で開かれた試写会で挨拶をしたのを見たことがある。その時の道学者じみた印象がどうもよくなくて、彼の映画はあまり見なかったのだが、ごくごく最近になって彼のもっと昔の映画を何本か見て、その実力を再認識した次第である。

12月8日
 山折哲雄『歌の精神史』(中公文庫)を読み終える。この本については、あらためて取り上げるつもりである。

 横浜駅西口の中華料理店<龍味>に出かけたら、観光旅行中のアメリカ人らしいお客が大勢店内にいた。帰りがけに店員ににぎやかだねと声をかけたら、注文を確認するのに一苦労だったといっていた。

12月9日
 NHKカルチャーラジオ『競い合う美 琳派400年」の第11回は、院展の主要画家たちが琳派からうけた影響について概観する内容であった。日本文化の伝統の一つに素材主義があるのではないかという意見が述べられて、興味深かった。
 
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