珍品堂主人

12月7日(月)晴れ

 神保町シアターで「森繁久彌の文芸映画大全」特集上映(12月25日まで)から井伏鱒二原作、豊田四郎監督の『珍品堂主人』(1960、東京映画⇒東宝)を見る。今回の特集は森繁久彌(1913-2009)の数ある出演作品の中から、20作品を選んでいる。「文芸映画」と銘打ってはいるが、20作品すべて違う原作者の作品で、森繁の出演作品の多様性を強調する狙いのほうが強いと思われる。森繁は『珍品堂主人』のほかにも、井伏鱒二原作・豊田四郎監督の『駅前旅館』に出演しているが、こちらのほうが20作品から省かれているのは4月に神保町シアターで上映されているという事情もあるだろうが、やはりいろいろな原作者の作品を選ぼうという意図からであろう。

 とはいうものの、選ばれた20作品を「文芸映画」と称するのには無理を感じないでもない。一方で漱石の『坊っちゃん』(森繁の赤シャツの演技は絶品である)とか、高見順の『如何なる星の下に』とか、織田作之助の『夫婦善哉』とかの有名作品があり、もう一方で菊田一夫の『がめつい奴』のような演劇作品の映画化もあり、さらには原作者名も作品名もそれほど有名とはいえず、数をそろえるために無理に加えたと思われる作品も見受けられる。しかし、そのような選定上の無理にもかかわらず、選ばれた作品は映画として見た場合には興味深い組み合わせになっている。監督別にみると豊田四郎6本、久松静児4本、丸山誠治、千葉泰樹、川島雄三各2本、青柳信雄、稲垣浩、鈴木英夫、森崎東各1本ということで、9人の監督の演出に接することができるし、観客が自分の好みに応じて森繁と映画監督との組み合わせを選ぶこともできる(解説チラシを見た限りでは、久松静児監督作品に面白いものがありそうだと思ったのだが、あいにくと風邪をひいたり、他に用があったりで、見逃したのが残念である)。

 「珍品堂」と呼ばれる骨董品の目利きの加納夏磨(森繁久彌)は、知り合いの骨董屋・宇田川(有島一郎)が大金持ちの久谷(柳永二郎)に唐三彩の器を売りに出かけるのに立ち会うことになり、その席でお茶の先生でやはり骨董に詳しいという蘭々女史(淡島千景)に出会う。珍品堂も蘭々女史も宇田川の持ち込んだ唐三彩があやしいとなぜか意見が一致する。妻(乙羽信子)がいるのに「三蔵」という小料理屋の女将・佐登子(淡路恵子)とも懇ろになっている珍品堂であるが、蘭々女史にも惹かれるのである。
 その一方で、珍品堂は久谷の持っている邸に目をつけ、そこを改築して高級料亭として営業してみたいと持ち掛ける。珍品堂をめぐる様々な評判を聞き分けたうえで、久谷は開業を後押しする。料亭の女中頭には佐登子という心積りをしていた珍品堂であるが、久谷の意向で蘭々女史が経営に参画、女中頭には女史の腹心である於千代(千石規子)が送り込まれる。かくして料理はもちろん、器にも意を用い、珍品堂の趣味の行渡った料亭が営業を始め、大いに繁盛するのだが、次第次第に雲行きが怪しくなる。商売繁盛で帰宅するのはまれであり、三蔵に顔を出すこともなくなっているが、料亭の経営をめぐる蘭々女史の態度が次第に変わり、その背後には久谷がいるらしい…。
 
 物語の展開はおおよそ想像がつくものであり、むしろ≪器用貧乏≫で、女性に甘い(女性に惚れると鑑識眼に狂いが出る)珍品堂の性格表現と彼を取り巻く色と欲の人間模様の方に興味が向かう。とぼけているようで要点を外さない井伏鱒二の人間観察ぶりと、自分の趣味にこだわり続ける人間への愛着を豊田と森繁が巧みに映像に移し替えている。料亭が舞台になるが、珍品堂は包丁さばきよりも素材や調味料の方を気にしているようで、そのあたりのこだわりが物語の展開とも関連してくる。最後の方、森繁が一杯やっているかたわらで、下戸のアルバイト学生役の高島忠夫が南京豆を食べているのがうまそうだった。(何を隠そう、わたしは南京豆が好きなのである。) 淡島千景、淡路恵子、乙羽信子という顔ぶれも楽しい。故人になってしまったお三方のまだ、若く美しかった時代の姿を見るだけでも、この映画を見る価値があると思う。
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