西田龍雄『アジア古代文字の解読』

12月3日(木)雨後曇り

 この書物は1982年に『アジアの未解読文字』という表題で大修館書店から刊行されたものを、その後の研究の進展に基づいて修正を施し、2002年に中公文庫の1冊として発行しなおしたもので、私の愛読書の1冊である。私は古代文字や暗号の解読の話が好きなのである。古代の謎の文字の解読にかかわる書物は、矢島文夫を始めとする何人かの人々によって著されているが、この書物は、アジアの文字を中心として議論を展開していること、著者が実際に謎の文字の解読にかかわっていることを特色としている。

 著者である西田龍雄(1928-2012)は西夏文字の解読者として知られ、長く京都大学でチベット・ビルマ諸語を中心としてアジアの諸言語の研究を続けた。この書物を読んでも、彼が多くの言語に通じていただけでなく、歴史、宗教、民俗などの関連領域についても深い学識をもっていたことが分かる。全共闘の学生によって大学の敷地・建物が封鎖される中、西田が自分の学問をおろそかにすることはできないと、学生たちを言い負かして、研究室で研究を続けたことは、彼の研究成果とはまた別に、その人間性についての評価を高めた出来事である。

 第1章「未解読文字への挑戦」ではシャンポリオン、ローリンソン、ベントリスらの未解読文字の解読の先例を引き合いに出しながら、まず未解読文字と暗号の解読の違いについて述べている。第1に暗号は通常、誰でも扱える記号を使っているが、未解読文字の場合は、使われている記号自体が分からない場合が多い。(シャーロック・ホームズの「踊る人形」に出て来る暗号は、誰もが使う記号とはいえないのではないか?) 第2に、暗号は当事者には読めるが、部外者にはわからないようにつくられているが、未解読文字の方は、もともと誰にでも読めるように書かれていたはずであるという違いがあるという。そして「わかっている体系を隠しているのが暗号であり、分からない体系が隠れているのが未解読文字であると」(17ページ)と両者の違いを要約するが、実際の例はもっと複雑であるとして、次のように事例を整理している。

 A型 既知の文字で既知の言葉が書かれているもの
 B型 未知の文字で既知の言葉が書かれているもの
 C型 既知の文字で未知の言葉が書かれているもの
 D型 未知の文字で未知の言葉が書かれているもの
(19ページ) B型とD型では文字の解読が主題であり、C・D型に対しては、言葉の復元が主な研究課題となるという。
 A型の場合は何も問題はないではないかという議論に対して、西田は中国人の記録した16世紀のシャン語の事例を引いてこのような資料も検討の価値があると論じている。(もっと身近な例でいえば、われわれは『万葉集』を完全には読み解いてはおらず、学者によって解釈の違いがあることを忘れてはならない。)
 B型の場合は、資料の出土地点から言語を推測することが少なくない。そしてD型の場合もこちらに移ってくることがありうるとする。当該文字が表意文字か表音文字かは、どのような種類の文字がどの程度使われているかによって判断できる。ただ、日本のかなのような表音節文字は大量の資料がないと判断が困難である。
 C型の例としてはチベット文字で記されたシャン・シュン語の事例を挙げて、この言語の解読作業が、資料が少ないためになかなか進まないと述べている。
 D型の場合は、何らかの二言語対照テキストが発見され、さらにその中に解読の手掛かりとなりそうな固有名詞が見いだされると、それが重大な役割を果たすことがある。しかし、いつもうまくいくとは限らないという。

 このように、西田は豊富に実例を挙げながら、きわめて理論的に道の文字の解読の作業について整理・概観している。そして単に未知の言語・文字に対する好奇心だけでなく、日本語と中国語の研究にこれらの言語・文字についての研究が役立たないか、言語政策・言語計画の問題を見据えて研究を展開していることも特徴的である。

 第2章「ロロ文字のはなし」では現在も四川省の南、涼山彝(イ)族自治区で使われているという特異な字形をもつ彝文字(一般に知られている名称を使えばロロ文字)について、それがヨーロッパ人たちの注意を引き、解読の試みがなされていた経緯が語られている。現在でも使用されているのだから、その全貌が分かるだろうというと必ずしもそうではない。地方によって、時代によってお変化があり、もともと表意文字であったものが次第に表音文字的に変化してきたようである。文字の簡略化や規範化が進むと、それは日本で万葉仮名からかなが作られてきた過程と似ているし、中国の文字改革の方向性にも示唆を与えるものとなるだろうと述べている。このあたり、さらに読み返して、理解を深めたい箇所である。

 第3章「水文字暦の解読」も中国の少数民族の間に伝えられている文字であり、タイ語系の水語を書き記し、主に宗教活動のために用いられてきた水文字について、これも研究しを中心に述べている。この文字で記された書物はもともと占卜に使うもので、巫師だけが読めるという性格のものであったので、文字を読める老人たちがいなくなってしまうとわからなくなってしまったようである。しかし西田は「まだすっかり読めてはいないが、楽しい字形」(89ページ)だという感想を漏らしている。

 第4章「西夏文字の組織と使い方」、第5章「女真文字の成立と発展」、第6章「契丹文字解読の新展開」は中国の周辺に出現した民族とその言語、文字を中国語・漢字との関係で論じたもので、それらのまとめの意味も兼ねて第7章「漢字――東アジアの世界文字」が東アジアの文字・書記法を概観している。これらの章については、また機会を見つけてあらためて紹介していきたい。

 すでにみてきたところから明らかなように、書名には「古代」という語句が含まれているのだが、著者は中国語と漢字の世界の周辺にいる諸民族が、自分たちの言語を中国語と漢字の影響や刺激を受けながら、どのように表記しようと努力してきたか、その現代的な意義や今後の言語政策・言語計画にかかわってのその意義について論じようとしているように思える。そのことについても、後半部を論評する際に、さらに立ち入って論じてみたい。
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