3泊4日、5時の鐘

11月21日(土)晴れ

 11月20日、横浜シネマ・ジャックで『3泊4日、5時の鐘』を見る。この日がこの映画館での最終上映日であった。”Chigasaki Story"という副題がついている。茅ヶ崎にある旅館に3泊して4日の時を過ごす一群の人々を描く映画である。湘南の海岸にあるこの市では、夕方の5時になると、時間を知らせる鐘の音が響く。海岸に鐘の音が流れる場面が繰り返される。監督・脚本の三澤拓哉は茅ヶ崎出身だそうで、映画全体を通じて自分の生まれ育った町への愛着が感じられる。

 茅ヶ崎の海岸近くにある茅ヶ崎館という旅館は、湘南が上流の人々の保養・別荘地であった時代の名残をとどめる老舗で、かつては小津安二郎監督が滞在して多くの作品の想を練り、脚本を書いたという来歴をもっている。夏の終わり、この旅館でアルバイトをしている知春も所属する大学の考古学研究室の合宿が開かれ、旅館は満員になる。務めていた会社を辞めて旅館を継ぐことになった理沙(堀夏子)が結婚して、海岸で披露宴を開くというので、会社で同僚だった真紀(杉野希妃)と花梨(小篠恵奈」がそのパーティーに出席するために、保養を兼ねてやってくる。会社ではもともと理沙がやっていた仕事を真紀が引き継ぎ、花梨の上司になったという関係である。何事もきちんとしないと済まない性質の真紀は奔放な性格の花梨とあまりうまくいっておらず、この滞在を機会に関係を改善したいと考えているようだが、花梨の方は旅館に到着するや否や年下の若い男性である知春をからかったりして、滞在を楽しむことだけを考えている。合宿中の学生の1人である彩子は自分の仕事を地道にこなしている知春をひそかに慕っておる。

 到着の翌朝、早く起きた花梨は海岸の清掃をしている知春を誘って自転車で遊びまわる。水族館に出かけて花梨と打ち解けた話をするつもりだった真紀は予定が狂って腹を立てる。実は真紀は合宿中の学生たちと同じ研究室の出身であり、研究室の近藤教授に指導を受けていた。近藤と再会した真紀は昔を思い出し、学生たちと一緒に行動したりして、時を過ごす。理沙の弟の宏太も旅館を手伝っており、彼女の身近な人々が顔を出したり、が宿の打ち上げの準備や理沙の結婚披露パーティーの準備が進行する一方で、理沙の夫はなかなか姿を見せない。

 ご本人にとっては大事なことであっても、外から見るとそれほど大事に思われないことがある。この映画は登場人物のそのような心理的な衝突をいくつも抱え込みながら、派手な事件の展開がないまま、結婚披露パーティーへと収束していく(小津安二郎が活躍した時代の松竹映画が結婚式で終わる展開を常套としていたことを思い出してほしい)。

 映画全体を通して最も魅力的なのは、旅館そのものである。実在する旅館を映画の舞台として特別に使うことができたということでこの映画は成立し得た。旅館が保っている「おもてなし」の心(あまりこの表現は好きではないのだが、他に表現のしようがない)が映画に生命を与えている。吉田健一が書いているが、昭和30年代には、酔っぱらって降りるはずの駅を乗り越してたどりついた駅で旅館を探し、そこで一夜を過ごすということがごく普通にあった(あるいは吉田健一だけの普通であったのかもしれないが)ようである。その頃に比べると旅館は少なくなった。さらに交通機関の発達によって、茅ヶ崎と東京の距離は近くなった。それだけ「おもてなし」にあずかる機会は減っているといえるのかもしれない。
 鎌倉に住み、茅ヶ崎に隠れ家を求めていた小津にしても、やがては信州の蓼科に別荘を構えて、そこで脚本を書くようになる。茅ヶ崎に都会の喧騒を離れた楽天地を求めるのは難しいことになっている。実際問題、茅ヶ崎に住んで、東京に通勤していた私の友人が何人もいる。それでもまだ湘南の海岸で遊ぶことはできるし、この映画は都会での生活を忘れたかのような時間を過ごす人々を描いている。もちろん、3泊4日の滞在が終わってしまえば、また都会での生活が待っている。そしてその生活は、ここでの経験をすっかり洗い流してしまうかもしれないのである。ここでの経験にどのような意味を与えるか、それは登場人物のそれぞれがこれから取り組むべき課題であろう。その一方で旅館にはこのまま存続してほしいと思ってしまう。

 この映画で主演している小篠恵奈と杉野希妃はともに、二階堂ふみが主演した『ほとりの朔子』に出演していたが、若い女性の夏の終わりにおける体験を描くという点では、両作品の間に共通性がある。ただ、『ほとりの朔子』のヒロインが予備校生であったのに対し、こちらは社会人であり、しかも自分たちよりも年上の人間がほとんど登場しない展開になるという点が違っている。さらに言えば、実際の年齢と役の上での年齢も近く設定されているようである。それかあらぬか、ごく自然体の演技が展開されているという印象がある。杉野希妃はエグゼクティブプロデューサーも兼ねており、あまり無理のない映画作りを心掛けていたのではないかという推測もできる。それで、『ほとりの朔子』に比べると出演者の知名度は全体として低いのだが、生き生きとした演技を引き出している点では見劣りがしないと思われる。 
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