ダンテ・アリギエリ『神曲 煉獄篇』(18-1)

11月19日(木)晴れ後曇り

 33歌からなる『煉獄篇』の中間に位置する第17歌でダンテとウェルギリウスは煉獄の第4環道に達した。そこで、ダンテはこの環道ではどのような罪が償われているかを質問するが、ウェルギリウスはより大きな見地から、神の被造物に対する愛にもかかわらず、人間の愛が罪を生む可能性について語り、煉獄が7つの大罪に対応して、第1環道=高慢、第2環道=嫉妬、第3環道=憤怒、第4環道=怠惰、第5環道=貪欲、第6環道=飽食、第7環道=淫乱の罪を浄める構造になっていることを説明する。

 ウェルギリウスの説明を聞いて、ダンテにはさらに疑念がわく。彼がさらなる疑問を発すべきかどうか悩んでいることを見抜いたウェルギリウスは、問いをためらわないようにと促す。ダンテは問う:
愛について私に解明してください。あなたは
あらゆる善行もその逆も、愛に起因するとされますが」。
(263ページ) ダンテがかつてその1人であった清新派と呼ばれる集団の詩人たちは愛を至高善と考えていた。ウェルギリウスの語る内容は違う。

心、それは愛するという性質を与えられて創造され、
美によってそれが目覚めて現実体となるや、
惹かれる物ことごとくを追って動く。

おまえ達の認識力は現実の存在から、
表象をつかみ取り、それをおまえ達の内面で像に開いて、
心をその像へと向けさせる。
(264ページ) ここで「心」(animo)というのは「魂」(anima)の持つ知能や意欲の部分だと解説されている。魂は全人格的で、死後の賞罰の対象となる。心は愛するように創造されているので、魂が惹かれる対象である美によって、その愛するという性質が目覚めるのである。

そして心がそちらへ向き、もしもそれへと傾倒するならば、
その傾倒こそが愛なのだ。すなわちそれが、
美ゆえに、おまえ達の中にそのたびごとに起こる本性である。

その後、あたかも火が、
己と同じ質料に囲まれてより長く持続しうる場所へと
昇るべく生まれついたその形相ゆえ、高所へ向かうのと同様、

愛にとらわれた心は欲望の段階に入る。
それは霊的次元の活動であり、その活動は
愛された対象が魂を喜ばせるまで休むことはない。
(264-265ページ) 愛にとらえられた心は「霊的」、つまり魂全体にかかわる精神的活動として欲望し、満足を求める。「質料」はアリストテレス哲学において素材・材料をさす言葉である。月天と地上の間には火天が存在し、火はその本来の場所である火天において最も持続すると考えられていた。「形相」はアリストテレス哲学における形式、概念であり、素材(質料)に形式・秩序を与えて事物をあらしめると解説されている。火は高いところに燃え上り、燃え広がろうとし、魂は霊的な精神が対象に触れるまで欲望し、触れると欲望は消えて喜びが生じる。

 それゆえ、愛は至高善であるとする清新派の詩人たちの考えは間違っている。
おそらくその説は、愛の質料が常に善であると
見えるためであろう。しかしたとえその蠟が善であっても、
あらゆる刻印が善であるわけではない。
(265ページ)とウェルギリウスは言う。日本ではあまり見かけないが、手紙などの封印としてに熱で溶かした蠟をたらし、それに印を押すことが西洋では広く行われていた。愛するという性質は善であっても、質料を得て現実のものとなった個々の愛、つまり刻印のように押された形がすべて善であるわけではないという。

 そんな面倒なことをいわなくても、親の子どもに対する愛情がなぜかゆがんだ形をとることとか、不倫とか、愛の結果として起きることがすべて善ではないことは日常的な経験からわかる。もっと簡単に言えそうなことに、これだけ手間を掛けるのは、アリストテレス哲学に不備があるのか、ダンテの哲学理解とその応用に不完全な部分があるのか、わたしには判断がつかない。

 ウェルギリウスの説明を聞いて、ダンテはさらに深い理解に達し、その結果としてさらなる疑問を抱く。行為の源となる愛が生れつきのものであるのならば、魂(人)は己の行動に関して道徳的責任を負えないのではないかというのである。これに対して、ウェルギリウスは「理性がここで見通せるものだけを/私はお前に話すことができる。それより先のことでは、おまえはベアトリーチェだけを頼りとせよ。/それは信仰の問題であるからだ」(266ページ)と答える。根本的な解決はベアトリーチェ(神学)によって与えられるだろうが、古代の哲学に結晶した理性の範囲内で答えられることは答えようというのである。

 創造主によってこの世界がどのように作られ、動かされているか、創造主の愛がその中にどのように行き渡っているか、ダンテの詩行はきわめて哲学的な形をとって展開されている。あらためて古代、中世の哲学について勉強しなおさないと十分に理解できないように思えるが、とにかく一歩一歩、ダンテの行程を追っていきたい。理解を深めるために、第17歌と同様、第18歌も3回に分けて紹介することをご了承いただきたい。
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