今野真二『常用漢字の歴史』(3)

11月10日(火)雨が降ったりやんだり

 序章「常用漢字とは何か」でこの書物が取り扱う問題を整理し、第1章「漢字制限の歴史」で幕末から明治期までの漢字使用制限(さらには廃止)の議論を辿り、第2章「さまざまな常用漢字表」では明治以後、国の機関によって制定された「漢字表」の趣旨と内容の変遷を検討している。第3章「字体の問題」は、第2章で取り上げた様々な「漢字表」が、漢字の手書きの形と印刷の形をどのように扱ってきたかを辿り、その背後にある議論が一貫性を欠いていることも指摘した。今回は、引き続き第4章を取り上げていくことにする(第5章以下も取り上げて、今回でこの書物の紹介を終えようと思っていたのだが、そこまでいきつけなかった)。

 第4章「音と訓とはどのように決められたか」では、漢字の字種、字体に加えて音訓についても制限・整理を行おうとしたのは昭和21年に発表された「当用漢字表」以後のことであると述べられている。音訓を制限・整理する理由についても国語審議会によって説明がなされているが、それが必ずしも明確な原理に貫かれていないし、不十分なままになっているのではないかと著者は指摘している。

 特に制限・整理の対象となったのは「訓」の方である。特に国語審議会では、古訓の整理が重要な課題となったが、「『古訓』の整理とは、結局は古語の使用をしない、ということにつながる可能性をもつ。訓を『漢字のよみかた』の一つととらえると、『訓の整理』は『漢字のよみかたの整理』ということになるが、実はもう少し広い事柄にかかわっている」(173ページ)と著者は指摘する。
 国語審議会ではさらに「解釈訓」≒「拡大的な和訓」の問題を取り上げ、もっとも重要な問題として「異字同訓」の整理に取り組もうとした。しかし「同訓異字」という問題には「漢字の使い分け」という表現が付きまとうのである。漢字を中国語で使うように使うことによって問題を解決しようとする考えがある。しかし日本語と中国語は別の言語である。「漢字はもともと中国語を表わすための文字であったのだから、中国語の分布と対応している。しかし、中国語と日本語とは言語が異なるのだから、語の分布そのものが異なる」(178-179ページ)。
 「中国語と日本語とは言語が異なる。だから、この『同訓異字』ということは未来永劫すっきりしない可能性が高い」(179ページ)と著者は悲観的な見通しを述べる。そこで審議会のように徹底した整理ではなく、、「ほどほどの整理」を目指し、不必要に同訓を増やさないようにする、また仮名書きということを語表記の選択肢として考えることを提案している。

 さらに「訓」には漢字の単なるよみではなくて、その漢字があらわす語の語義理解にかかわるものであると指摘する。だから「訓」を減らすことが、漢語の理解の妨げになるようでは困るという。例えば「拙」という漢字には「つたない」という訓が認められているが、これは「拙」を含む漢語の理解に役立つ。逆に「総」という漢字には音しか認められていないが、仮に「すべて」という訓を認めれば、この漢字を含む漢語の意味をより容易に理解できるのではないかという。

 「『漢字制限』というと、漢字の種類について制限すると考えやすいが、『音・訓』についても『制限』することができ、現在では実際にそうしているということが案外と認識されていないかもしれない。使う漢字の種類を増やすよりも、漢字の種類はさほど増やさず、『音・訓』を増やすということもできる。・・・『音・訓』を媒介にして漢語を理解してきたという日本語の歴史を一方に置くと、『音・訓』特に『訓』の認定を広げることによって、漢語理解が助けられるという点があまり考慮されていない」(184ページ)と著者は問題を提起している。

 著者は日本語と中国語の言語としての違いを強調していて、その点に異論はないのだが、中国語の中での違い(たとえば大陸における用法と台湾における用法)とか、日本語と中国語の言語としての違いではなく、日本と中国の事物の違いについても検討を加える必要があるかもしれないと思った。実際、著者は中国で「猿」はテナガザルをさすという例を取り上げているが、そもそも日本には(動物園以外では)テナガザルはいないのである。日本と中国とで、同じ漢字を使っているけれども、それが示している事物は違うという例は探せばいくらでも見つかりそうである。漢字の「音訓」の問題はそう簡単には整理できない問題をはらんでいるという著者の議論はさらに補強できそうに思われる。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR